「自分の遺伝子を理解し、しょうがない部分はしょうがないと開き直ることで楽に生きられる」と語る長沼氏

疲れているのに仕事を頑張ってしまう―。早く寝たいのに気がついたら三次会―。私たちはなぜ、こんなふうに自分を追い込むような行動をとってしまうのか?

長年、深海や火山など極限状況で生きる生物を研究し“科学界のインディ・ジョーンズ”の異名を持つ長沼毅(たけし)氏。著書『考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子』で、そんな人間の理不尽なメカニズムに迫るとともに、どうすればストレスに負けず楽に生きられるかを説く。

-極限生物を研究する長沼先生が、人間の脳と遺伝子の関係に興味を持たれたきっかけは?

長沼 私はよく「極限環境に行ってるのに、なんでそんなに元気なの?」と聞かれます。確かに「なんでオレ、こんなに元気なんだろう?」と思いますが(笑)、実はかつて研究に没頭するあまり、自分の体を追い詰め苦しんだ時代があります。

もっと楽をして生きたかったのに、なぜこんなに疲れているのか―? 当時、そう自分に問いかけた時、自分を疲れさせている原因は「脳」だと気が付いたんです。

-“いかに脳を鍛えて能力を引き出すか”などは人々の関心も高いですが、一方で私たちの疲労の原因も脳にあると。

長沼 脳が人間の体で一番大事なツールであることは確かです。でも我々は脳の要求に応えようとするあまり、ついつい脳が乗っているボディのきしみや叫び声を無視しがち。「こんなことで弱音を吐くな」と、まるで無理が美徳であるかのようにふるまいます。

ですが、そうやって無理をさせてインフラであるボディがおかしくなると、やがては上部構造の脳もおかしくなる。ウツになったり自殺したりする。後になって「自分の生き方は間違っていた」と思っても、時すでに遅しです。

脳と体の一番いい関係は6千年前

-脳の言うことばかり聞いていると実は危険だと…。

長沼 スタンフォード大学の、ある研究者によると、脳と体が一番いい関係にあったのは6千年前、文明ができた頃だったそうです。脳はそこそこ進化して頭がよく、一方でボディや自然界からのメッセージもちゃんと受け止めていた。でも文明が発達し、人間は城壁を築いてその内側に閉じこもるようになり、その中の人間関係だけに脳を使うようになったんです。

元々、人間の脳は「メタ認識」といって、いろいろなことを脳内で組み合わせ新たなものを作るのが得意。でも、その能力が自然から離れて人間関係だけに向けられたことで「悩み」「不安」が脳内でグルグルと堂々巡りし、ストレスに苦しむようになりました。

-そんな“脳のバグ”に悩まされないために“遺伝子”が大切なんですね?

長沼 遺伝子は肌や髪の色だけでなく、実は「性格」や「行動」をも生み出します。例えば、誰かを好きになる「愛情」は、母親が子供に授乳する時に働く「オキシトシン」というホルモンが関わっています。

このホルモンの分泌量や受容体の数は遺伝子によって決まり、多い人は愛情を感じやすく少ない人は感じにくい。だから、人づきあいに興味が持てないのも遺伝子による個性のひとつにすぎない。

ちなみに、オキシトシンはスプレータイプの製品としてアマゾンでも販売されています。肯定的に相手を受け入れやすくなり、それで商談が成功したとかまことしやかな都市伝説まであって。私は元々惚れっぽいので試したことはないですが(笑)。

-女性にオクテな週プレのスタッフで試させてもらいます(笑)。

長沼 それから、愛情ホルモンとともに我々ヒトとチンパンジーに特有と思われる遺伝子が「暴力性遺伝子」です。どんな人間でも愛情と暴力性の両面を持ちあわせていますが、その強弱は遺伝子スイッチのオンオフによって決まる。オンオフは食べ物やストレスなどの環境からも影響を受けるようですが、そのコントロール法はまだわかりません。

だから、怒りっぽい人がいても遺伝子のせい。真っ向から対抗せずに、早めに逃げるのが正解です。怒りはスパイラルなのでスイッチが入ったら止まらないですから。

「その瞬間で体が一番心地いい状態」を目指す

-そう思うと、イラッとするヤツにも少し寛大になれる気が(笑)。

長沼 人の話を聞かないとか、会議中に寝てしまうとかも遺伝子のせいと思えば楽になれる。私も寝落ちする体質なので「別にあなたの話がつまらないんじゃなくて、寝ちゃうんですよ」と知ってもらうようにアピールします。5分もしないうちに目が覚めて自分が神様かと思うくらい頭が働くから、その時に課題を出すとかうまく使ってくれればと(笑)。

「自分の性格に欠陥があるのでは…」と思い悩んだこともありましたが、自分の遺伝子を理解し、しょうがない部分はしょうがないと開き直ることで、この10年はずいぶんと楽に生きられるようになりました。

-自分の遺伝子的な個性を知ることが大切なんですね?

長沼 千差万別な人間の個性や能力は遺伝子が決めていて、それを「遺伝子的なランドスケープ」と呼んでいます。向いてないことをやめ、向いていることをすれば楽に生きられますが、自分を客観視するのはなかなか難しい。脳が邪魔をして、ついつい周囲が期待する答えを言ったり見栄を張ったりします。

でもやりがい、生きがい、格好良さなども脳が見せる幻。そういうものに囚われているうちに自分自身が見えなくなり主体性を失う。脳が言ってくることはだいたいがトラブルの元ですから、それは無視して「その瞬間で体が一番心地いい状態」を目標にすればいいと思います。

-“一番いい状態”を探す方法はありますか?

長沼 コンピュータのシミュレーションは一見スゴそうだけれど、実はすべての計算パターンを試しているだけ。人間も同じで、とりあえずいろんな状況でいろんなポジションに身を置いてみること。

人間関係もひとりメンバーが変わるだけで状況はすべて変わる。ストレスがあるのは当たり前と思って、心地よさや楽、幸せとかを目標に毎回トライアル&エラーするしかない。

私のモットーのひとつに「うまくいくまで失敗する」があります。負けても失敗してもいいと開き直ることで、ずいぶんと楽になりました。動物もエサがとれなくても延々と同じ方法を試しますが、そんな「くじけない」遺伝子を我々も持っていると思っています。

(取材・文/田山奈津子)

●長沼毅(ながぬま・たけし)1961年、三重県生まれ、神奈川県育ち。専門分野は、深海生物学、微生物生態学、系統地理学。海洋科学技術センター(JAMSTEC、現・海洋研究開発機構)勤務を経たのち、広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。筑波大学大学院生物科学研究科修了・理学博士。「スッキリ!!」(日本テレビ)にコメンテーターとして出演中。著書に『驚異の極限生物ファイル: クマムシだけじゃない! 過酷な環境を生き抜くタフなやつら』(誠文堂新光社)ほか

■『考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子』 クロスメディア・パブリッシング、1382円現代人は、脳ばかりが暴走して身体の限界を超えたことをやってしまう。“科学界のインディー・ジョーンズ”が、過酷な探検と研究のなかで見つけた「ストレスなく、悩まずに生きる方法」とは?