「武士なので」と正座姿。ちょんまげに気づいた瞬間に悲鳴を上げた女性客もいたとか(笑)

そのタクシーに乗り込むと、たいていの客がギョッと目をむく。それもそのはず、なぜならハンドルを握る運転手が本物のちょんまげ頭なのだ。 

このユニークな運転手は「洛南タクシー」(京都府城陽市)の久江(ひさえ)達雄さん(33歳)。一体なぜ、ちょんまげに?

「宝くじで当たった100万円で、3年半かけて世界一周旅行したんです。その途中、パキスタンで大洪水に遭遇しました。2010年のことです。私が滞在中の村も洪水で民家が流され、多くの人が亡くなりました。そこで村人を笑わせたいと前髪をそり落とし、落ち武者スタイルにしてみたんです。

すると、みんなが『サムライがやって来た』と喜んでくれて…。その時です。もっと髪を伸ばして、ちゃんとしたちょんまげを結おうと決心したのは」

13年1月に帰国すると、さっそく久江さんはちょんまげを結い始めた。

「ただ、どうしても上手に結えない。それで京都市の東映太秦(うずまさ)映画村を訪ね、かつらの専門家にびん付け油の使い方など、ちょんまげの結い方をイチから教えてもらいました。今では20分もあれば、ちょんまげを結えます」

ちょんまげを完成させた久江さんが次に挑戦したのが、タクシー会社への就職だった。

「外国に行って最初に話をする相手は、たいていタクシー運転手。その運転手が親切だと、その国のイメージもよくなると気づきました。だから、帰国後は自分もタクシー運転手になって、外国からのお客さまに親切にしてあげようと考えるようになったんです」

しかし、久江さんの頭にはちょんまげが…。「その頭では困る」「前例がない」と、10社ものタクシー会社から就職を断られてしまった。

将来は本物の武士のように

「ところが、11社目の洛南タクシーだけは違ったんです。面接でパキスタンでの体験を伝え、ちょんまげ頭でお客さまを楽しませたいと熱弁を振るうと、その場で採用が決定。オーナーの鶴のひと声でした」

客の反応はどうなのか?

「ちょんまげ頭のインパクトは絶大です。最初はほとんどのお客さまが『えっ!』と驚くんですが、そのうち、頬が緩んで笑顔になる。フェイスブックに載せたいからと、スマホで私の頭を撮影されるお客さまも少なくありませんね。コワモテのお客さまから『兄ちゃん、若いのにええポリシーしとるな。そのちょんまげ頭、最後まで貫きや』と褒(ほ)められ、ジュースをいただいたこともありました」

今では「ちょんまげタクシー」と界隈(かいわい)で評判になり、わざわざ久江さんを指名する客も増えているんだとか。ただ、苦労がないわけではない。

「ちょんまげが形崩れしないよう、時代劇に出てくるような高枕で寝ています。おかげで朝起きると、首が痛くて痛くて(苦笑)。びん付け油を洗い落とすために毎日、大量のシャンプーを消費するのも悩みのタネです」

将来はちょんまげだけでなく、本物の武士のようにはかまも着用してみたいという久江さん。京都にまたひとつ、新名物が誕生したようだ。

(取材/ボールルーム)