ニッカ創業者・竹鶴政孝が集大成として作り上げた『鶴17年』。だが、8月で販売終了となる…

アサヒビールは子会社のニッカウヰスキーが生産するシングルモルトウイスキー『余市』と『宮城峡』の商品構成を大幅に見直すと6月15日に発表。

『余市』『宮城峡』はこれまで10年、12年、15年、20年と熟成年数を表示したエイジング商品がラインナップされていたが、8月末で販売終了。9月から両ブランドは年数を表示しないノンエイジ商品に集約する。

創業者である竹鶴政孝を題材にし、ブームとなった朝ドラ『マッサン』(昨年9月~今年3月まで放映)効果で販売が急伸し、製造が追いつかなくなったためという――。

実はそんな報道の数日前、「週プレNEWS」のK編集長は新宿・歌舞伎町のカウンターバーでニッカの『鶴17年』を飲んでいた。「ボトルキープするなら『鶴』、ウイスキーはニッカがあればそれしか飲まない」というほどの“ニッカ愛”の持ち主だが、マスターのMちゃんに衝撃の事実を知らされたという。

「『鶴』が終売するらしいよ…うちが入れてる小売り業者情報だけど」

「ええっ、なんで!? マッサン人気で供給不足になっても生産調整で対応できてるって話じゃ…」

その際は半信半疑、いや誤情報だろうと思ったそうだが、それからこの『余市』『宮城峡』報道が。『鶴』ではないのか?と複雑な気持ちで前出のマスター・Mちゃんにメールすると、やはりニッカの取扱店にはすでにメーカー側から周知されているとの返信…そんな発表はどこにもされていないが…。

『鶴』といえば、「竹鶴政孝が集大成として作り上げた、ニッカの最高傑作であり顔のようなもの」(K編集長)。付け加えるなら、1976年に発売され、竹鶴氏はその3年後に亡くなった。“日本のウイスキーの父”が最後に遺した逸品だ。それが販売終了になるなんて本当か?

というわけで6月24日、K編集長とともにアサヒビール本社へ向かった――。

その外観でも有名な本社ビル12階のスカイツリーが見える会議室。応対していただいたのは、広報担当とマーケティング担当(以下、M担当)の社員3名。K編集長が静かに語りだした。

「ボクが余市蒸留所(北海道余市町)に初めて行ったのは30年前、高校生の時でした。そこで竹鶴さんのウイスキーづくりへの情熱とリタ夫人との物語を知って、もう惚れちゃいましてね。就活ではニッカも受けたほどだし。特に『鶴』には思い入れがあって、鶴の彫りが刻印されたボトルのデザインも気に入っていて、前のバージョンまで家に残して飾ってるんですよ」

次第に“ニッカとオレ”“オレと鶴”エピソードの語りに熱を帯びる編集長。そのニッカ愛に場は和みつつ、空気がピンと張り詰めているのも否めない。そして――。

人知れず竹鶴政孝の遺作『鶴』が消える

K編集長「…で、実は行きつけの店で、『鶴』がなくなると聞いたんですが、本当ですか?」

広報「あ、はい…おっしゃる通りで、『鶴』は8月末で終売することが決定しております」

K編集長「それは、一切まだ公に発表されてはいませんよね」

広報「マスコミさんにリリースのような形では発表していない…ですね。もちろん、流通の方(卸や小売店)にはお伝えはしてるんですけれども、ハイ」

K編集長「『鶴』に関してオフィシャルに発表しないというのは何か理由でも?」

広報「その…弊社内でもこれだけいろいろな商品がありまして、まぁ、その中でこの商品をやめていきますよ、というのは基本的にはリリースしないんです」

K編集長「まぁ、すごく突っ込んでしまって申し訳ないんですけども、ボクに限らずファンは多いでしょうし、いきなりそれを突きつけられるとショックは大きいですよね…鶴といえば、最高級と標榜されるニッカブランドの象徴なワケですし」

長年、愛し続けた『鶴』の終売、それ自体はもちろんメーカーの事情があるはずだ。ただ、その事実を最初に行きつけのバーで知り、当の本人(製造メーカー)は端から伝えるつもりもなかったという…。“惚れ続けた女がいつの間にかいなくなり、後になって「失踪の真実」を聞かされる”ような、『鶴』ファンにとってはそれと似た仕打ちにも納得がいかないところなのだろう。

終売の理由は、マッサンブームでウイスキーの販売量が予想以上に伸びた結果、原料となる原酒が不足してしまった点にあるという。

「ウイスキーでエイジング商品を生産するには表示年数以上の熟成期間が必要」(M担当)で、例えば『20年』モノなら1990年代から熟成した原酒を使わなければならない。「当時はウイスキー需要が落ち込み、それに合わせて原酒の生産量を抑えていた」(同)のが2000年代に入ってハイボールブームが到来、そこにマッサンブームまで押し寄せ、原酒不足が深刻になったというわけだ。

そこで『余市』『宮城峡』のエイジング商品と『鶴』を終了、浮いた原酒をメインの人気ブランド『竹鶴』に回す――これがアサヒビールがとった対応策である。

だが、真っ先に「『余市』が8月で出荷終了」と北海道新聞が勇み足で報じた今月10日、それだけでネット等でも反響を呼び、波紋を呼んだ。その後、ブランド終了ではなくノンエイジングに集約することが発表されたわけだが、実はその裏で本当に終売するのが『鶴』ともなれば、ニッカファンは声を失うはずだ。

『鶴』が終売になる理由とは?

K編集長「マッサンブームの中、スーパーの売り場でミニボトルの『竹鶴』なんかをたくさん並べ、特売のようなことをされていたじゃないですか。それを見ながら、『本当に大丈夫なのか!?』とは思っていたわけです。ニッカといえば、品質を維持するために、むやみに工場を増やしたり、量産を追うようなこともしない。それが本物を追求し続けた竹鶴さんの理念でもあったわけで…」

M担当「もちろん、いたずらに数量を追ったつもりはありませんが、(放映開始となった)昨年9月から新しくウイスキーを飲むようになった方が急増しました。そうした方々にも長くご愛顧いただきたいという思いはあります」

K編集長「それで、一番メジャー感もあり、ライトユーザーに愛飲者が多い『竹鶴』に原酒の振り分けを増やすというのもわかりますが。コアなファンにとっては、どうしてもニッカの象徴がカットというか、切り捨てられたという印象を持ってしまうのはありますよね?」

M担当「長くご愛顧頂いている方からすると、そういう思いをお持ちだとは思いますけれども、弊社としてはフラッグシップとなるブランドを決めたということで…。もちろん、『鶴』は竹鶴政孝時代の最後の商品。(傘下の)ニッカ社からも『残せないだろうか?』という話があったのも事実ですし、大変な議論はありました。ただ、一方で『鶴』の場合、『17年というエイジの縛りがあるのも事実だ』というジレンマもあってですね、今回、やむなくという形になってしまいました」

K編集長「うーん。こうなってしまった以上はどうしようもない部分もあるでしょうが、やはり“淋しい”というか、痛切な気持ちなのがニッカ信奉者の正直なところかと…」

M担当「イヤ、私もこんなに熱いニッカのファンにお会いしたのは初めてです!」

K編集長「そんなはずないでしょう! ボク以上に嘆いている声はたくさんあるはずですよ。でも今後、ブームが一段落して体制も整えば、満を持して『あの鶴が復活!』っていうのもありうるわけですよね、ボクらが生きている間に?」

最後に取材者というより、熱烈なニッカファンとして願いを込めて発したそのひと言に、担当者3人が「そうですね…ハイ」と顔を見合わせ自信なさげに答えたが…。いずれにせよ、これだけは確かなので、急に店で知って呆然とすることのないよう、改めて言っておきたい。

ニッカファンに長く愛され、HP上には“ニッカの頂点に舞う。”と謳(うた)われた『鶴』が、8月で販売終了する――。