アメリカで鳥インフルエンザが猛威を振るっている。昨年12月にアイダホ州の農場で発生、半年間で21州・計223軒の農場に感染が広がり、すでに4800万羽の鶏が殺処分されている。
「現在、発生数は減少傾向にあるものの依然として収束のメドは立っていません」(農林水産省・動物衛生課)
そのため、農水省は鳥インフル発生州(17州)からの輸入を停止。国内の小売業者への影響が懸念されるが、都内の焼き鳥店店主はこう話す。
「今のところ鶏肉の仕入れ量も価格も維持できています。特に影響はありませんね」
前出の高橋氏が解説する。
「鶏肉の国内流通量(年間約200万t)のうち、国産鶏は150万t(75%)、海外産は50万t(25%)。安価な鶏肉はほとんどが輸入モノですが、その内訳は8割がブラジル産で1割はタイ産。米国産は5%と数量自体が少ないため、供給が途絶えても直接の影響は少ないでしょう」
だが、「安心はできない」と高橋氏は続ける。
「今後が懸念されているのは国産鶏肉のほうです。その9割以上が大量生産に向くよう品種改良された国産ブロイラー(残りは『比内鶏』などの地鶏)で、スーパーの棚に並ぶ若鶏モモ肉のほとんどがこれ。鳥インフルの影響が長引けば、国産鶏肉がつくれなくなる恐れがあるんです」
どういうことか? 養鶏業界団体の幹部が明かす。
「国産ブロイラーは売り場で『国産』と表示されていますが、ルーツをたどると大半が海外産。その生産のためには、元になる『原種鶏』を交配させる必要があるのですが、日本で原種鶏を生産している業者はほぼ皆無。原種鶏の9割強は海外から輸入されたものです。しかし鳥インフルの影響で、それが日本に入ってこなくなる可能性があります」
原種鶏の輸入元はイギリス(87%)、アメリカ(12%)、フランス(1%)の3ヵ国に限られる(2012年実績)上、供給会社も少ない。養鶏業者A氏がこう話す。
「世界に流通する原種鶏は、その9割をイギリスのアビアジェン社、アメリカのコッブバントレス社、フランスのハバード社が供給しており、ほぼ独占状態。日本もそこに依存しているわけです」
原種鶏の輸入ができなくなる!
なぜ、そこまで輸入依存度が高まったのか?
「半世紀前は日本でも原種鶏の育種会社が数多く存在していましたが、1960年代にひなの輸入が解禁されると、同じ量の餌でたくさんの卵を産む(採卵率の高い)外国産鶏が市場を席巻するようになり、あっという間に国内の育種会社は淘汰(とうた)されました」
とはいえ、ブロイラー同士を日本でかけ合わせたり、輸入した原種鶏を増産したりして、海外依存を脱する方法はありそうに思えるが…前出の高橋氏が首を振る。
「まず、ブロイラー同士を交配させても劣性遺伝が出現し、質的に劣化したひな鳥が生まれるだけです。また、原種鶏は非常に優秀な遺伝子を持った『エリートストック』と呼ばれる種鶏が祖父母であるという血統条件がつきます。しかし、日本が自前でつくろうにもエリートストックは〝門外不出の遺伝子財産〟。イギリス、アメリカなどの保有国から表に出ることはなく、つくることはほとんど不可能なんです」
日本独自に開発を進めようと思えば、膨大なコストと時間がかかるため、公的支援が不可欠になるというが…。
「残念ながら、国にその気はありません。実は、鳥インフルが世界的に広まった06年、原種鶏の輸入ができなくなる危機感から、当時の中川昭一農相が純国産鶏の品種開発を指示しましたが、十分な予算がつかず、開発の機運は急速にしぼみました。以降は見て見ぬふりで、要は政府も農水省も原種鶏が輸入できなくなる事態を想定していないんです」(前出・A氏)
本当に、原種鶏の供給が絶たれることはないのか? 前出の高橋氏がこう語る。
「現在、鳥インフルの影響でアメリカ産原種鶏の輸入はストップし、イギリスからの輸入増で賄(まかな)っていますが、アメリカは防疫体制が緩く、感染が長引く恐れがあります。
そこで懸念されるのが鳥インフルの感染源となる渡り鳥が飛来する今年の秋以降。昨年11月にイギリスで鳥インフルが発生し、日本は輸入停止に踏み切りました(今年2月に解除)。今年、同じことが起きれば、米・英同時に原種鶏の供給がストップすることもあり得る。そうなると、日本の国産ブロイラーの生産量も激減。さらにブラジルとタイも原種鶏の供給を欧米に依存しているので、海外産ブロイラーも入りづらくなり、国内の鶏肉価格は暴騰する恐れがあります」
まさに綱渡り状態。鳥インフルの米英同時発生は、日本の養鶏業の生命線を絶つ危険をはらんでいるーー。
(取材・文/興山英雄)
■週刊プレイボーイ29号(7月6日発売)「中国爆買いとアメリカ鳥インフルで日本の“お肉”クライシス」より(本誌では、中国のアメリカ産牛肉輸入解禁で牛丼が食えなくなる?クライシスも大検証!)