「職人レベルでできることから現状をよくしていきたい」と粋に語る鳶職人・多湖弘明さん

激しい批判に晒され、一転、建設計画の見直しが決まった新国立競技場の建設問題。

しかし、そもそもが鳶職人の不足で完成が間に合わない可能性があるという。都内では高層マンションなどの建築ラッシュが続いていることもあり、建築現場が慢性的な“鳶不足”になっているのだ。

鳶職人の不足には様々な原因がある。まず、若い人たちがキツイ・キタナイ・キケンの3K職場と嫌っていること。入ったとしても、職人の世界ということもあり、昔ながらのやり方についていけず去ってしまうことが多々あるのだ。

仕事の大変さに見合わない賃金の安さも問題だ。ゼネコンから1次、2次、3次下請けへと仕事が下りてくるたびに人件費の中抜きが行なわれ、現場の職人たちにきちんとしたお金が行き届かない現状がある。

そんな厳しい現実を前にして「鳶職人の世界を変えていきたい」と意気込む人がいる。著書に『鳶 上空数百メートルを駆ける職人のひみつ』がある、現役の鳶職人・多湖弘明さん(38歳)だ。

多湖さんは「まずは職人レベルでできることから、現状をよくしていきたい」と明るく語る。

「例えば、教える側も昔気質のやり方ではなく、若手にも届く言葉で伝えるように変えていきたいです」

では、ズブの素人が30代から鳶を目指すなんてことは可能なのだろうか?

「可能です。自分の先輩で、もともとタクシー運転手で30を過ぎてから鳶になった人もいました。この世界は能力主義。やる気と根性があり、現場で経験を積めば、30代からでも高層に立つ鳶にだってなれます」

最終的に建物を完成させるのは人の力

あと、高い所が苦手な人でも鳶になれる?

「鳶は決して高い所が好きなわけじゃありません(笑)。働くうちに高い所が平気になるわけでもない。むしろ、『高くても全然怖くない』という人のほうが危ないんです。私が鳶になりたての頃、自分の能力を過信して安全帯(命綱)をつけていないことがあったんです。ビルでいうと8、9階の高さでしたかね。

そうしたらいきなり上司に鉄骨の上から蹴り落とされて、死を覚悟した瞬間、私の体は宙吊りになっていました。知らない間に上司が私の安全帯をロープにかけていたんですね。蹴り落とした上司はひと言、『おまえ、わしが安全帯をかけていなかったら死んでたな!』と。

あの時の自分のように、怖さを甘く見る人間が危ないんです。怖さを知っている人間こそが怖さを克服できる。ちなみに、私はジェットコースターが嫌いなんです(笑)」

スカイツリーのむき出しの鉄骨の上は平気で歩けるのに?

「それは自分の体の能力を把握した上で動いているから。仕事をすればするほど頭の中のイメージと体の動きが一致していくんです。でもジェットコースターは自分の意思と関係なく、高い所に連れていかれるから苦手です」

では最後に、鳶業界の未来はどうなる?

「スカイツリーにしても新国立競技場にしても言えることですが、現場にどれだけ機械が入っても、最終的に建物を完成させるのは人の力です。特に鳶の仕事は今後も機械で代替できるものではありません。先人が培ってきた技術や知恵を絶やすことなく、世界の建築業界の未来をつくっていきたいですね」

(文/佐口賢作 構成/赤谷まりえ)