5月から活発な噴気活動を見せていた箱根・大涌谷でついに噴火が起こった。

箱根山といえば、かつて大噴火を起こし、関東地方に大量の火山灰を積もらせた過去を持つ。

今回の噴火で、幸い負傷者などの被害はなかったが、気象庁は火口域から700m範囲まで噴火の影響が及ぶと想定。30日昼に箱根山の噴火警戒レベルを「2=火口周辺規制」から「3=入山規制」へ引き上げ、箱根町は火口から半径1km範囲内の宿泊施設・住宅など32棟70人の住人に避難指示を出した。

観光に依存する地元経済は大打撃だが、もし今、再び箱根山が大爆発を起こしたら日本はどうなるのか? リアルな火山噴火描写で話題になった小説『死都日本』の著者で火山研究者の石黒耀(あきら)氏によると、

「第一火口は直径20mとサイズ的には小さいので、気象庁の“ごく小規模な噴火”という表現は、現状では妥当でしょう。ただし、近くに複数の火口が生まれたことで、ふた通りの展開が予想できます。

ひとつは、このまま数ヵ月、数年かけて水蒸気爆発を繰り返すうちに大涌谷地下の圧力が弱まり、徐々に噴火が収まっていく。もうひとつは活発な水蒸気爆発を起こす火口の数が増え続け、大涌谷全体が直径1kmほどの新しいカルデラ中央火口に姿を変える。

後者の場合、現状の水蒸気爆発から、マグマと地下水が激しく反応する“マグマ水蒸気爆発”へ移行するでしょう」

ここで気になるのは、4月末から5千回以上も発生してきた火山性群発地震の震源だ。これは大涌谷だけでなく箱根カルデラ全体に広がり、特に最近は外輪山の北西側から西側の地域で多発するようになってきた。つまり、マグマの影響が大涌谷以外の場所にも広がっているのだ。

大涌谷以外でも噴火が起こる可能性が

芦ノ湖東岸の飲食店でも、こんな話を聞いた。

「湖の北西側、湖尻峠に近い山の斜面でも昔から噴気が出ていて、その勢いが6月後半から急に強まったと思っていたら大涌谷で噴火が始まった。今は大涌谷だけが警戒されているけど、違う場所でも噴火が起きる恐れはある。

天気がいい日に箱根全体を見渡せば、他にも怪しい所がいくつも見つかると思うよ。元々は箱根全体が大活火山なんだから、この際、徹底的に調べ直したほうがいいんじゃないかな」

本誌の取材(7月2日)でも、まだ小規模だが芦ノ湖の北西側斜面から噴き出す白い噴気の筋が観察できた。確かに地元の人々の直感通り、今回の箱根火山活動は中央部の大涌谷火口だけでなく南北約12km、東西約8kmのカルデラ全体の異変として見直す必要があるようだ。

もしこのエリアで噴火が起こったら、被害はどのようなものか? そのリスクをシミュレートしてみよう。

火山灰はマグマが爆発的に空気中へ飛び散り、瞬間的に冷えて粉々に砕けた物質だ。顕微鏡で見るとキラキラ光るガラス粒子が含まれている。この極小のガラス成分が人間や精密機械に重大な悪影響を及ぼすのだ。

まず、人体で最も火山灰に弱いのは眼球だ。土ぼこりや砂が目に入っただけでも行動不可能になるが、火山灰の微小ガラスは角膜を簡単に傷つける。そこで防災グッズとして密着型のゴーグルがオススメだ。それでも目に入ったら絶対にこすらず、水か目薬で洗い流す。また、薬局で買える携帯型洗眼器は、自分だけでなく火山災害時の人助けにも威力を発揮する。

火山灰を吸い込んでも少量なら咳き込む程度で済むが、長時間、大量に吸い込めば肺機能がやられる。基本はマスクの着用だが、少し湿らせたほうが火山灰の微粒子を防ぎやすい。マスクがなければ、ハンカチや衣服で口と鼻を覆えば防塵効果は得られる。

箱根噴火は日本全体の緊急事態

機械類への悪影響は挙げればキリはない。自動車は吸気口から入る火山灰でエンジンフィルターが目詰まりしてオーバーヒートが起きる。火山灰が路上に5cm以上積もれば、いくら慎重に走ってもフィルターはダメになる。よって、物流が広範囲でストップする可能性がある。

そうなるとコンビニ、スーパーは品薄状態になるし、生活に大きな影響が出るだろう。こうなると地震の時と同様に水や非常食といった備えも絶対に必要となる。

車のフロントガラスに積もった灰は、ウオッシャー液とワイパーを使うと“すりガラス”になるので、最初に布ではたき落としてから水で絞った布でゆっくりと拭くしかない。

また、雨水を吸った火山灰は異常に重くなり、厚さ1cmで積雪10cm以上の重量になる。再び乾いてもコンクリート状に硬化する場合が多く、霧島山(新燃岳)、雲仙・普賢岳の大噴火でも近隣市の道路、電線、屋根などの降灰除去作業は困難を極めた。

固まった火山灰は側溝や下水道を塞いだり、せき止めるため、雨が降ると道路は一気に冠水する恐れがある。

また、夏場に何日も降灰が続けばエアコンの室外機もダメージを受ける可能性が高い。外気に大量の火山灰が混じっていれば、電子基板の損傷や内部機器の機能不全が起きる。となると、窓とドアを閉め切った室内で猛暑に耐えなければならなくなる。

コンピューターも火山灰に弱い。火山灰の微粒子が含む金属成分が回路をショートさせるといわれるが、実はいまだに火山灰とコンピューターの相性の悪さの原因はよくわかっていない。従って空冷ファン付きのデスクトップパソコンは、たとえ室内でも降灰期間中は作動させないほうが賢明だ。

ということで、ほぼ完全にコンピューター制御で運行する鉄道網も降灰5mmで機能停止や予測不能な誤作動を起こす危険性が高い。ひとたび首都圏に火山灰が降れば、電車で遠くへ避難するのは不可能と諦めたほうがいい。当然、飛行機も運航中止で使えない。

このように、箱根噴火は首都圏と日本全体の将来に関わる緊急事態なのだ。