「ヘイト本に携わっていたふたりの編集者は、信念からではなく発刊すれば売れるという理由だけで作っていた」と指摘する木村氏(左)と木瀬氏 「ヘイト本に携わっていたふたりの編集者は、信念からではなく発刊すれば売れるという理由だけで作っていた」と指摘する木村氏(左)と木瀬氏

「嫌韓」や「反中」をキーワードとする、いわゆる「ヘイト本」ブームが起きたのは2013年から14年にかけてのこと。この時期だけで、実に200点以上のヘイト本が刊行されたという。

しかし、ヘイト本は人種差別や排外主義を煽(あお)る内容を含んでおり、日本も批准する人種差別撤廃条約(人権及び基本的自由の平等を確保するため、あらゆる形態の人種差別に関する国際条約)に触れかねない。

この現象に疑問を突きつけ、ヘイト本が大量に世に送り出されたカラクリを明らかにすることで、この醜悪なブームを批判、検証しようとしたのが『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』だ。

そのカラクリとはどのようなものだったのか? また、そのカラクリが生み出したものはなんだったのか? 著者のひとりである木村元彦(ゆきひこ)氏と発行人の木瀬貴吉氏にそれぞれ書き手(ライター)、作り手(編集者)の立場から語ってもらった。

―ブームとなった「ヘイト本」ですが、「差別を助長する」との批判が高まったこともあって、ブームは下火となっています。なぜこの時期に、あえてこの本を出そうと考えたのでしょう?

木瀬 確かにヘイト本は今や「オワコン」(終わったコンテンツ)となっています。でも、ブームが去ろうとしているからこそ、出版人自らがこのブームを検証する必要があると思ったんです。その理由はふたつです。

1点目は、出版業界の一部が他者への憎悪扇動に手を貸してしまったことです。しかも、ヘイト本の売れ行きが好調なこともあって、本来ならすぐにでも「本で差別に加担するな!」と声を上げるべきなのにそうはならなかった。出版業界はその反省をしないといけない。

2点目は、検証しないままでやり過ごしていると新たなヘイト本が登場しかねないという危機感です。韓国、中国のヘイト本は下火になりましたが、今度は沖縄、アイヌへのヘイト本が出てくるかもしれません。「反米軍基地を叫ぶ沖縄は反日だ。けしからん」という声があったり、作家の百田尚樹氏は「沖縄の地元紙2紙は潰(つぶ)すべき」と暴言を吐いた。これらの声に応えるかのように沖縄ヘイト本が刊行され始めています。

アイヌに対しても、近頃では「アイヌ民族はいない」という主張が聞かれるようになった。嫌韓反中とアンチ沖縄、アイヌ軽視は同じ地下茎でつながっているんです。だからこそ、なぜブームになったのかをきっちりと検証し、新たなヘイト本が登場した時に「それはダメ!」とストップをかけられるよう、対抗できる言論を準備しておかなければいけないと考えています。

「ネットから拾った流言を寄せ集めて作った」

木村 ヘイト本の言説を聞いて、思い浮かべたのが『シオン賢者の議定書』と呼ばれる偽書です。20世紀初頭にロシア秘密警察が捏造(ねつぞう)したもので、内容はユダヤ人が世界征服をたくらんでいるというもの。これが世界中に広まったことで反ユダヤ感情が増幅し、後のナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺、ホロコーストにつながったのです。デマを流布して憎悪を煽るヘイト本は、この議定書と本質においてなんら変わりはありません。

その代表が『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)です。この本によって「在日特権」という今では安倍政権さえも明確に否定しているデマ言説がバラまかれ、それを根拠として「在日特権を許さない市民の会」(在特会)というヘイト団体が生まれたのです。しかし、出版界はその責任を感じている様子がない。それはダメだろうという思いが執筆の動機になりました。

―木村さんは、実際にヘイト本を作った編集者に直接取材されています。

木村 2名の編集者から話を聞くことができました。そこでわかったことは、ふたりは信念からヘイト本を作ったわけではなく、もっぱらヘイト本という鬱屈(うっくつ)した感情のぶつけ場所としての潜在的マーケットがあり、発刊すれば売れるという理由だけで作っていたということでした。

ひとりは編プロ勤務で、発注元の出版社から「韓国に批判的な読者が留飲を下げる目的で作る」という企画書を示され、その注文をこなすためにろくに休日もないまま、ひたすら原稿の量産に追われ続けていた。ヘイト本ブームの背景には嫌韓反中という結論ありきの本が売れるというマーケットリサーチの下、出版不況の中で版元の下請け、孫受けの編プロがクライアントの注文通りに本作りをさせられていたという実態があったんです。

木瀬 『マンガ嫌韓流』に関わった編集者からは「原作はネットから拾ったなんの確証もない流言を寄せ集めて作った」という証言も木村さんが引き出しています。どのようなメカニズムでヘイト本が作られたのか、編集の現場ごとにそのいくつかのパターンを知ることができると思います。

ヘイトスピーチは表現ではない

木村 『マンガ嫌韓流』はネット上の流言飛語を元に作ったと、作り手自らが認めたわけです。その言葉を聞いた時、ヘイト本の終わりを告げる墓碑銘にできると思いましたね。日本に表現の自由がある以上、韓国が嫌いと表明するのは自由だし、ウサ晴らしのできる留飲本がいくら出版されても別に構わないし、読みたい人が読めばいい。でも、ウソやデマを流通させるのは日本の社会を壊す度(ど)し難い行為。

―ヘイト本が出版されないようにすることはできますか?

木瀬 障害者の差別を禁止する法律はあるのにヘイトスピーチを禁ずる法律がないのはおかしいと私は思います。国際条約である人種差別撤廃条約に則(のっと)って、人種差別をなくすための国内法を制定すべきではないでしょうか。

そうした環境が整えば、出版業界も何が人種をもとにした差別や扇動にあたるのか、その基本法をモノサシに判断することができるようになります。出版社もコンプライアンスを重視しますから基準となる法律があれば、いくら売れるからといってもヘイト本を出さなくなります。ヘイト本が誰でも入れる書店にうずたかく積まれる現象はなくなるはずです。

木村 確かに言論の自由が保障されている以上、ヘイトスピーチを規制すべきではないという意見は根強い。でも、それはヘイトスピーチを表現と認めているからです。ヘイトスピーチは表現ではありません。ウソやデマが混じった憎悪の扇動であり、暴力と認識すべきです。表現ではない以上、法律で規制することは可能なはずです。

(インタビュー・文/姜誠 撮影/岡倉禎志)

●木村元彦(きむら・ゆきひこ) 1962年生まれ、愛知県出身。疾走プロダクションなどを経て、フリージャーナリストに。旧ユーゴの民族紛争を中心に取材。代表作に『悪者見参』『オシムの言葉』など

●木瀬貴吉(きせ・たかよし) 1967年生まれ、滋賀県出身。ピースボートなどを経て、2013年に出版社「ころから」を創業。『九月、東京の路上で』などアンチレイシズム関連書を積極的に刊行する

■『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』 大泉実成、梶田陽介、加藤直樹、木村元彦/著 木瀬貴吉/パブリッシャー ころから 900円+税 他民族を嘲笑したり、排外主義をあおるヘイトスピーチの登場と時を同じくして、嫌韓反中本も数多く出版された。2013年から14年にかけて最盛期を迎え、その数はこれまでに200冊以上に及ぶとされる。こうした「ヘイト本」はなぜ量産されたのか。そのブームを支えた出版社とその本に携わった編集者を、同じ出版業界に生きるジャーナリストたちが直撃、その構造に迫る