建設計画が白紙になった新国立競技場。しかし、この問題を2013年から警告し続けた一級建築士・建築エコノミストの森山高至氏は「ザハ以外のコンペ案も実現可能性は低い」と指摘する。 (前回記事→ザハ案以外の実現も無理? 新国立競技場のコンペ案は建設不可ばかり)
では、新たにデザイン案から募集することになるが、どんな建物がベストなのか? 森山氏に聞いた。
―2020年の東京五輪に間に合わせるためには、新国立競技場はどんな建物にすべきなんでしょうか?
森山 実は、新国立競技場にはデザイン以前の問題があります。それは“詰め込みすぎ”なこと。
―どういう意味ですか?
森山 新国立競技場は、陸上競技場とサッカー場、ラグビー場などを兼ねる多目的スタジアムとして建設される予定です。ただ、陸上は基本的にはアマチュアスポーツで世界大会でも開かれない限り、大勢の観客を常時集めることはできません。一方、サッカーはJリーグや日本代表戦で集客が望める。
ところが、陸上競技場とサッカー競技場を一緒にすると、サッカーグラウンドの周りを陸上のトラックが囲む形になります。これはサッカー側からすれば観客席から選手が遠すぎるし、陸上側からすれば何万人という観客席は無駄になってしまう。
その上、この競技場はコンサート施設まで加えようとしている。いろんなものをひとつで賄(まかな)おうと無理をすれば、建設費の高騰は避けられないし、どの競技、イベントにとっても“帯に短し襷(たすき)に長し”になるわけです。
―なるほど。
森山 これらの問題を解決する策は、「森と海のダブルスタジアム」を作ることだと思います。具体的には、新国立競技場が建設される予定の神宮外苑の森にはキャパ3万人、4万5千平方メートル以下(1万5千坪)のコンパクトな陸上競技場を作ります。五輪の時には仮設席を増設すればいい。
そして湾岸の海には、6万席固定のサッカー専用球技場を作り、W杯時には3万席を増設します。どちらのスタジアムも膨大な建設費がかかる開閉式の屋根ではなく、客席にかかる屋根のみを作る。東京都が湾岸エリアに塩漬けにしている埋め立て地に作れば、交通網も整備できるし周辺開発もできて人も呼べます。騒音の心配も少ないからコンサートもできる。多目的スタジアムをひとつ作るよりも、単機能のスタジアムをふたつ作ったほうがコストも安いです。
旧国立競技場を取り戻す
―でも、新国立と湾岸のふたつを作ると、それも多額の建設費がかかりそうですが。
森山 外苑にサブトラック付きのミニマム陸上競技場&スポーツメディカルセンターを作って約300億円。湾岸のサッカー場に600億円。セットで1千億円を切るはず。実は、これは誰も損をしない方法です。仕事のボリュームが減ることで嫌がる人はいますが、スタジアムをふたつ作るとなれば、参加ゼネコンも増える。工事の迷惑も分散される。つまり、いろんな人が飛び込める案です。
―しかし、新国立競技場は次世代に残す“レガシー”(遺産)ともいわれます。ふたつに分割するとこぢんまりして、がっかりした政治家が横やりを入れてきませんか?
森山 そうかもしれないけど、レガシーとは過去から受け継ぐもの。旧国立競技場の復元再生だっていいんです。
―壊したものを復元再生ですか?
森山 建物は社会になじむまで時間がかかる。スポーツ施設も何十年にもわたり思い出が堆積して、初めて価値が出ます。伊勢神宮は20年ごとに同じ建物を新しく作って神様が引っ越す。あれと同じ「遷宮(せんぐう)」をやれば、旧国立競技場の「レガシー」を引き継げる。アテネ五輪の会場だって、ギリシャ時代の遺跡を400年後に復元したものでした。
―「旧国立競技場を取り戻す」という考え方ですね。
森山 そもそも、これだけもめた後だから、次にデザインをする人は引いちゃいますよ。だけど、旧国立競技場を復元すると言えば、その悩みはクリアされる。旧国立競技場は図面も残っているから作る側も楽でしょう。政治家は「国民の思い出が詰まった旧国立を最新の技術でブラッシュアップして再現する」と言えばいい。
―現実的にはどのくらいの期間で建設できますか。
森山 2年で可能だと思います。早く作れば建築費も安くなる。湾岸のサッカー場もデザインを決めれば、19年のラグビーW杯前の完成が見えます。今回の見直しはギリギリ間に合うタイミングだったんじゃないでしょうか。
(取材・文/畠山理仁)