南シナ海だけでなく、ついに中国は東シナ海へも進出を始めた。現在、尖閣諸島の北に位置する海域、日中中間線の近くで新たに12基の構造物を建設しているのだ。
これでこの海域には、すでに確認されていた4基と合わせ、合計16基の海洋プラットフォーム(以下、リグ)が存在することになる。
中国の表向きの目的は、ガス田の開発だ。しかし、その説明を真に受けるわけにはいかない。中国問題に詳しい軍事ジャーナリストの古是三春(ふるぜみつはる)氏は「やはり中国が海洋権益を主張するための“主権維持活動”と見るべき」と指摘する。
また、元海上幕僚長で中国原子力潜水艦領海侵犯事件に対処した経験のある古庄(ふるしょう)幸一氏は「ソナーやレーダーを設置し、自衛隊や米軍を常時監視する海上基地とするつもりでしょう」と警告する。
さらに、このリグがもっと建設されるようなら、監視装置だけでなく多目的地対空ミサイル・コンプレックスS-300のような対空兵器だって設置できてしまう。そうなれば、東シナ海における軍事バランスは大きく変わることになる。
では、こうした中国の動きを米軍はどう見ているのか? 米国防シンクタンクで海軍戦略アドバイザーを務める北村淳(じゅん)氏はこう語る。
「例えば、S-300(地対空ミサイル)の発展形である地対空ミサイルシステムS-400や長距離巡航ミサイルをリグに配備すれば沖縄本島も射程圏に入りますが、発射位置が事前にわかっている以上、常時監視していれば迎撃は可能。ですから、リグからの攻撃はさほど脅威ではありません。やはり中国側のリグの利用方法としては、レーダーの運用がメインになるでしょう。
これに対し、日米側には、ある程度のリソースをリグ対策に割かれるという戦力配分的な問題が生じます。ただし、それよりも重要なことは、中国側の“主権の主張”をリグという目に見える形で日中中間線近辺に打ち立てたという意味の大きさです。この点においては米軍の戦略家たちも『油断していた』と言っていました」
「意味の大きさ」とは、具体的にどういうことか?
「すでに中国側が建設してしまったリグを外交交渉によって取り除くことが100%不可能なのは目に見えています。また、技術的にはリグを力ずくで破壊することは簡単ですが、それはすなわち中国との全面戦争を意味する。つまり、もはやリグを撤去することは事実上不可能なのです。
となると、日本側にできる対抗策はおのずと限られてきます。具体的には、実効支配を主張している尖閣諸島に海洋研究所、海洋測候所、海上保安庁のレーダー施設、漁民の避難施設、救難用ヘリポートなどを設置し、やはり目に見える形で“主権の主張”を行なっていくしかありません」
リグを撤去することは不可能
南シナ海の例を見てもわかるように、海上に構造物という“既成事実”をいつの間にか構築し、そこを足がかりにして支配を拡大していくのが中国のやり方。東シナ海では現在16基並んでいるリグが、そのパワーゲームの拠点となるわけだ。
前出の元海上幕僚長・古庄氏は海上自衛隊の負担をこう懸念する。
「こちらが引けば、その分、出てくるのが中国。ですから近年は尖閣近海に365日、2、3隻の海自艦艇が張りついています。中国は今後、リグにも海警局の監視船や海軍艦艇を出してくるでしょうから日本側も海保巡視船、そして海自艦艇を張りつけるしかありません。
かつて海自の任務は、有事の際の防衛出動に備える“一正面作戦”でした。ところが今はそれに加えてソマリアの対海賊、尖閣の対中国、日本海の対北朝鮮ミサイルがあり、さらに今後のリグ対策も含めると“五正面”。現在、海自の定員は約4万5千人ですが、これにすべて対応するには2万人の増員が必要。もちろん艦艇も増強しなければ話になりません」
しかも、リグ建設がこれで終わる保証はどこにもなく、むしろさらに増える可能性は大。となると、現実的には日本が独力で対抗するのはほぼ不可能だろう。古庄氏はこう続ける。
「南シナ海では、アメリカがベトナム戦争から撤退した直後の1974年、中国が南ベトナム領の西沙諸島に侵攻し、占領しました。米軍がフィリピンから撤退した3年後の95年にも中国は南沙諸島のミスチーフ礁を占領し、ここが近年の“人工島作戦”の舞台となっています。
しかも、南シナ海は全体を見れば『中国対沿岸諸国』ですが、東シナ海は『中国対日本』の1対1。相当まずい構図です。日本は国際社会に訴えつつ、なんとしてもアメリカを土俵に上げ、1対2にするしかありません」
中国は、このような軍事案件に関しては話し合いの通じる相手ではない。早く手を打たないと、手遅れになる可能性が高い。
(取材・文/本誌軍事班[協力/小峯隆生、世良光弘])