「現在の教育行政は、不要な道路をつくり続ける道路行政と同じ」と語る三浦氏

日本社会はこの10年で確実に“下流化”が進み、“格差”が固定されつつあるーー。

『格差固定 下流社会10年後調査から見える実態』では、そうした事実を著者の三浦展(あつし)氏が主宰するカルチャースタディーズ研究所と三菱総合研究所による2段階のアンケート調査によって判明したデータを用いながら提示する。

巧妙に設定されたアンケート項目によって、現代社会の知られざる一面をあぶり出した三浦氏が見つめる、日本の実態とは?

―本書で示されるデータには、非常に辛辣(しんらつ)なものが少なくありません。4年制大学を出ても必ずしも階層を上げることにつながらない現実や、正社員の雇用枠が増えていないため学歴を上げても正規雇用につながらないという事実には目を背けたい読者も多いでしょう。

三浦 そうかもしれません。しかしデータを見れば、学歴というものに世間が期待しているほどの意味がないのは明らかなわけです。本来は大学に進む能力のない人まで進学できるようにさせている現在の教育行政は、不要な道路をつくり続ける道路行政と同じ。どちらも不要なものをつくって維持管理に多額のコストを投じ続けるという、実に無駄なことをやっています。学費を稼ぐために苦労している親は大変だし、女子大生が風俗で働くことも多い。

―しかし、そのロジックを理解していても、わが子を大学に進学させないというのはなかなか勇気のいる決断です。

三浦 そうでしょうね。結局、世間の意識というのは、制度によってしか変えられないということです。大学に行かなくても安心して就職できる制度をつくらないと大学進学熱は下がらない。だから私は、高校をなくすのがいいと思っています。

―高校を? それはなぜでしょう?

三浦 中学2年生と高校2年生の学力テストの結果を比較すると、高校2年生のほうがわずかに低いという研究結果があるんです。高校では、一部の有名大学進学者以外は勉強してないんですね。それなら、世界史などはあくまで教養として楽しく学び、その代わりに簿記、英会話、パソコン操作、プログラミングなどの知識を習得させたほうが、よほど将来の役に立つのではないでしょうか。その分、長く働けることになりますから生涯賃金も上がります。

SNSユーザーは保守派に偏っている

―今回の『格差固定』は、三浦さんが10年前に発表された『下流社会 新たな階層集団の出現』(光文社新書)に書いた“予測”の的中ぶりを、まざまざと伝えています。早い段階で下流化現象を指摘したことは予想以上の反響を呼んだのではありませんか?

三浦 『下流社会』は20万部売ることを目標に書いた新書でしたが、最終的には80万部を超え、昨年もまた重版がかかっています。世間にはすでに「下流」という言葉に驚きはなく、定着してしまった印象を受けますよね。

―やはり、異論や反論もありましたか?

三浦 思っていたほどではなかったですが、中には私の調査法に対して、統計学的な正確さに欠けるという意見もありました。しかし、再検証した上で誤りを示した人はいません。面白かったのは、当時は小泉政権下の好景気に沸いていたため、「下流だと指摘されても笑い飛ばせるくらい日本は成熟してきた」と論じる批評があったことですね。もっとも、2008年のリーマン・ショック以降は、派遣切りが起こって決して笑い事ではなくなるのですが。

―今回の本の特徴として、調査対象者の支持政党を明らかにしている点があります。SNSユーザーは意外にも保守派に偏っている、などというデータはことさら興味深いですね。

三浦 これは私も少々意外でした。「ネットが政治を変える」と頑張っている人たちもいるが、それ以上に保守もネットを利用しているんですね。インターネットではどうしても自分と似たような意見ばかり受け取りがちですから、異なる価値観が見えなくなってしまうのかもしれません。

―「タイムマシンがあったらどの時代へ行きたいか?」というのもユニークな設問でした。この問いの目的は?

三浦 前提として、8割以上の人が「自分の子供の世代には大変な時代が来る」と考えている結果を提示していますが、それなら未来より過去へ戻りたがる人のほうが多いのではないかと私は予測したんです。実際には思っていたよりも過去へ行きたがる人は少ない印象ですが、いろいろクロス調査してみると、これは一概には言えないテーマでしたね。現状が良くないから未来へ逃げたいと考える人もいれば、現状に満足しているからこのまま未来へ行きたいと考える人もいる。

若い世代が重用される時代に?

―また、共産党支持層は、縄文・弥生時代以前など原始共産制に近い時代に行きたがる、という考察は秀逸でした。

三浦 アンケートをつくるたびに、何か面白い相関を見いだす変数を設定することが大切だと考えているんです。今回は投票政党の項目を設定したことで、社会の意識の新たな一面が見えてきました。

―では、今回まとめられたデータを受けて、これから先の10年で日本の社会はどう変わると予想しますか。

三浦 今回は70歳以上を調査対象から外していますから、国民全体の傾向を語ることはできませんが、母数の多い団塊ジュニアが10年後にはより格差が開く年代である55歳になり、危機感は今よりも増すはず。

一方で、労働力不足が顕著になることにより、若い世代が重用される時代になるかもしれません。現在の若者よりも希少価値が高く、企業側から高待遇で迎えられるなど楽に生きられるようになっていることも考えられます。いずれにしても団塊ジュニア以上にとっては、いっそう苦難の時代を迎えている可能性は否定できないですよね。

―結局のところ、現在下流に甘んじている人たちが階層アップを図るためにはどうすればいいでしょうか?

三浦 うーん。難しいですけど、男性は“逆玉”を狙うのもいいのでは? これは決して絵空事ではなくて、今回の調査でも女性の年収が男性より多い夫婦はたくさんいましたから、そのチャンスは増えているはず。そのチャンスをものにするために家事くらいできるようになっておくのは重要ですよ。

●三浦展(みうら・あつし)1958年生まれ、新潟県出身。社会デザイン研究家。一橋大学卒業後、株式会社パルコに入社し、情報誌『アクロス』編集長を務める。99年、カルチャースタディーズ研究所を設立し、家族、若者、消費、都市、階層化などを研究。主な著書に『下流社会』『日本人はこれから何を買うのか?』(ともに光文社新書)、『第四の消費』(朝日新書)、『新東京風景論』(NHKブックス)ほか多数

■『格差固定 下流社会10年後調査から見える実態』この10年間に人々の下流意識は進み、格差の固定が明らかになった―。年収1000万円以上の32%が自民党に投票し、年収100万円未満の34%が無投票。ベストセラー『下流社会』から10年を経た現代の実態を、2段階のアンケート調査によって鋭くあぶり出す一冊