東京都建設局課長、江戸川区土木部長を歴任した『首都水没』の著者・土屋信行氏が「決壊の危険度が高い堤防はココ」と指差すその現場には…?

死者7人、行方不明者15人(9月15日時点)――。

改めて水害の恐ろしさを見せつけた鬼怒川での大洪水の原因は、想定を上回る降水量にあった。

「鬼怒川上流域の栃木県では、降り始めから10日夕方までの48時間の雨量が月間降水量の倍以上となる600ミリを超え、記録的な豪雨に耐えられず、約140mにわたって高さ3~4mの堤防が決壊。濁流が住宅地に流れ込んでしまいました」(全国紙記者)

なぜ、頑丈なはずの堤防が脆(もろ)くも崩れ去ったのか? 元江戸川区・土木部長で、『首都沈没』の著者でもある土屋信行氏がこう話す。

「今回のケースは、増水によって堤防の高さまで達した川水が“ある1ヵ所”からあふれ出し、外側の土手を削り取って堤防を決壊させました。これを『越水(えっすい)決壊』といいます」

“ある1ヵ所”とは、堤防が低くなっている場所のことだそう。

「川の水は低い場所を探しながら流れていきますが、大幅な増水で下流への行き場を失い、左右の堤防側のより低い方へと逃げ場を求める。今回決壊したポイントは、おそらく堤防が若干低くなっていたのでしょう。少しでも低い場所があると、そこから越水が始まり、少しずつ土を削って水道(みずみち)を造りながら堤防を決壊させます」

そこで今、「第二の鬼怒川になるんじゃ…」と懸念の声が高まっているのが、東京・東部の下町(葛飾区、荒川区、江戸川区など)を貫く一級河川・荒川だ。この川は水害が多いことでも知られている。

「死者・不明者合わせて300人を超えた1910年の東京大水害、1500人超の犠牲者を出した47年のカスリーン台風…と、約40年に一度のペースで氾濫が起きています。また整備が不十分な堤防も多く、下流域にある住宅密集地には満潮時の海面よりも地表が低い海抜ゼロメートル地帯が数多いのも特徴。集中豪雨に襲われれば氾濫しやすく被害が甚大になりやすい。これが荒川の怖いところです」

その荒川が、急激な増水時に越水決壊を起こしやすいポイントとは? 土屋氏が即答する。

「京成本線の荒川鉄橋です」

荒川治水の最大の弱点

「京成関屋駅」から「堀切菖蒲園駅」のほぼ中間地点に流れる荒川の鉄橋だ。川の東側(葛飾区・千葉側)と西側(荒川区・都心側)の両岸に堤防が整備され、両岸とも堤防の向こう側は住宅密集地になっている。

実際、土屋氏が指摘した現場に行ってみると、上流から下流へと真っ直ぐに伸びている堤防が、なぜか陸橋(線路)の部分だけカクンと沈んでいる…。

「ココは荒川治水の“最大の弱点”。繰り返しになりますが、川の水は数センチでも低い箇所から氾濫します。荒川陸橋の場合、そこを横切る堤防が左右の堤防と比べて2~3メートルも低くなっている。先日の集中豪雨が荒川の下流域で発生していたら間違いなくこのくぼみから越水していたでしょう」

なぜ、陸橋部分だけ堤防が低くなってしまったのか?

「元々、堤防と陸橋は同じ高さでしたが、この辺りの堤防は過去に洪水が起きたり、外側の住宅地が地盤沈下するたびにかさ上げ工事を繰り返してきました。ただ、京成線の開通はそれより時期が早く、電車を止めてまで陸橋部分をかさ上げすることはしませんでした。その結果がコレです」

この危ういくぼみは荒川の両岸にあるのだが、東側(葛飾区)の堤防の外側には一軒家やマンションが混在する住宅密集地で巨大な油脂工場もある。決壊したら…?

「この辺りは“海抜ゼロメートル地帯”。川の水面より住宅地の方が低い位置にあるので、堤防が決壊すれば直ちに大量に水が浸入し、満潮時であればその水位に達するまで無尽蔵に水が供給され続けます」

では、陸橋部分の堤防を高くしなきゃダメなのでは?

堤防整備を担当する荒川下流河川事務所(国土交通省関東地方整備局)によれば、「現在より数メートル高い場所に新しい線路を造る架け替え工事を行なう方針ですが、まだ設計段階。予算も着工時期も決まっておりません」とのこと。間違いなく、完成時期は数年先だ。

そこで不安なのが“40年周期説”がある荒川の氾濫だが、1947年のカスリーン台風以降は一度も起きていない。

「そろそろ、起きるんじゃ…」

堤防を散歩していた近隣住民は、不安げにそう呟(つぶや)くのだった。

●明日配信予定の後編では、土屋氏が指摘する荒川決壊の“もうひとつのポイント”についてレポートする。

(取材・文/興山英雄)