オリンピックが日本にやって来る! そんな招致決定時のワクワク感もどこへやら…お粗末なトラブル連発で、もはやまともに大会を開催できる気がしない。
これ以上、世界に恥をさらしたくない…と自虐的な気分になったので、開催権の返上について考えてみた。
■五輪返上の手続きは、意外と簡単だった
五輪招致に成功した瞬間が、最もテンションが高かった気がする。2020年の大会開催時には、各国からやって来る選手、観光客を「お・も・て・な・す・ぞ!」とワクワクしたものだ。
だが、今年5月に東京都の舛添要一知事が発表した観光ボランティアのユニフォームはくっそダサかった…。その後、新国立競技場の建設計画がすったもんだの末、白紙に。新計画では建設費を抑えるため冷房設備をなくすことになった。安倍晋三首相の「暑さ対策なら、『かち割り氷』だってある」発言もなんとも萎(な)えた…。そもそも国立競技場を壊さずに、改築すればよかったんじゃないの?
さらに五輪エンブレムも、ベルギーの劇場に訴訟を起こされるなどパクリ問題が起きて、結局こちらも白紙撤回。世界に恥をさらし、テンションが下がることばかり。いっそ開催権を返上したほうが…なんて思いもよぎる。
「手続き的には、簡単に返上できます」と語るのは、大手新聞のスポーツ担当デスクだ。
「契約的な問題でいうなら、東京五輪の開催に当たって、IOC(国際オリンピック委員会)とJOC(日本オリンピック委員会)と東京都の3者が開催都市契約というものを結んでいるので、東京都が開催の是非を問う住民投票を行ない、『やらない!』となれば、契約を破棄、つまり返上できるのです。
実際、1976年の冬季五輪はアメリカのデンバーに決定していましたが、デンバー市の財政負担が大きく、また、競技場建設で環境破壊が起きるのではという理由から反対運動が起こり、住民投票の末、開催権を返上しています」
では住民投票をすればいいのか?
複雑な利権、利害が絡んでいる
「ただし、デンバーが返上した40年前とは、五輪を取り巻く状況が違いすぎます。近代五輪が商業主義にかじを切ったのが84年のロサンゼルス五輪といわれ、以後の大会からは莫大(ばくだい)な金と利権が動いている。このタイミングで返上などしたら、IOCからどんなペナルティを受けるか、想像もつきません。
また、東京五輪の準備、運営を担う組織委員会にも、名誉会長に経団連名誉会長の御手洗冨士夫氏、会長に森喜朗氏、副会長にトヨタ社長の豊田章男氏といった超大物が名を連ねています。この面々に歯向かってまで、五輪を返上させようと旗を振る人間などいないでしょう」(スポーツ担当デスク)
五輪招致に詳しい別のスポーツ紙記者も「返上は考えにくい」と言う。
「国内スポンサー最高位のゴールドパートナー13社は、組織委員会と20年末までの約6年間、1社計150億円前後といわれる契約を締結しています。すでにそれだけの大金が動いてしまっているので、今さら『お返しします』というわけにはいきません」
なるほど…。
「エンブレム問題で組織委員会は当初、『ベルギーの劇場ロゴは商標登録していないから問題ない』と押し切ろうとしました。それもやはり、複雑な利権、利害が絡んでいるからこそ。オリンピック憲章の精神のひとつに『スポーツを通じ、より平和な世界の建設を目指す』というものがあるにもかかわらず、IOCのジャック・ロゲ前会長の出身であるベルギーの人々に悪印象を残しても構わない、ひいてはヨーロッパと揉(も)めても構わないというわけです。エンブレム問題への対応ひとつ見ても返上は考えにくい」(スポーツ紙記者)
やはり、可能性ゼロ?
「40年に東京五輪開催が決まっていたのですが、日中戦争の影響などから日本政府が開催権を返上しています。不謹慎ですが、それに準じる有事や東日本大震災クラスの天災がなければあり得ません」(スポーツ紙記者)
経済的な損失は最大150兆円
■経済的な損失は最大150兆円?
内情を聞くと、余計に返上したい気分になるが…「ヤケは起こさないほうがいいですよ」と言うのは経済評論家の森永卓郎氏だ。
「招致委員会は五輪開催の経済波及効果を約3兆円と試算しました。なかには150兆円と見積もっている民間調査機関もあるようです。私自身も直接効果で1兆円、波及効果で2兆円くらいあると試算しています。もし返上となれば、単にその経済効果が消失するだけではありません。
景気は国民の気分に大きく左右されるもの。現在、中国経済、さらに世界経済の先行きが不安視され、消費増税も決定している。経済的には唯一、東京五輪だけが明るい話題なんです。返上などしたら、日本経済へのダメージは相当なものになるでしょう」
また、スポーツ界への影響も大きいようだ。長年、五輪を取材するスポーツライターの折山淑美氏が言う。
「五輪招致が決定したことで、15年度の選手強化事業は前年度から22億円増の63億円となっています。もし返上となれば、予算の大幅削減は確実。強化計画も見直しとなり、選手に与えるマイナスの影響は計り知れません」
さらに折山氏は「お金の問題だけじゃない」と続ける。
「若い世代はもちろん、ベテラン選手も『東京五輪を競技生活の集大成に』とモチベーションを高く維持しています。目の前にあった目標が消えることは、選手にとってあまりにも酷。そして、五輪の自国開催の最大のメリットは、スポーツに多くの人が関心を寄せ、競技人口が増え、後世の好成績につながるという好循環を生むこと。
また、スポーツが文化として根づくことで、より多くの人が自分もスポーツをするようになれば、健康寿命が延び、医療費の削減にもつながります。五輪開催は本来、いいことずくめのはずなんですよ」
もはや後には引けない。まだまだ新たな問題が出てきそうだけど、テンション上げていくしかなさそうだ…。
(取材・文/水野光博)
■週刊プレイボーイ39・40号「もしも東京五輪を返上したら…」より