事故時の総理大臣であり脱原発に取り組む現衆議院議員の菅直人氏

福島第一原発事故から4年半が過ぎた。今も終わりの見えぬ事故収束作業が行なわれ、大勢の人々が避難生活を続けているが、ここにきて政府は原発事故の被災者たちを元の土地へ戻す動きを強め始めた。

これは一見、復興が順調に進んでいるかのようだが、実際には被災者のほとんどが故郷への帰還をためらっている。その理由と福島の現状を知るために、本誌は事故時の総理大臣であり脱原発に取り組む現衆議院議員の菅直人氏とともに現地取材を行なった。

最初に取材班が向かったのは、事故で故郷を奪われた人々が暮らす伊達市内の「応急仮設住宅」だった。

東日本大震災の後、福島県内には約1万6800戸の応急仮設住宅が造られ、伊達市内の仮設住宅には主に飯舘村からの避難者たちが暮らしている。フクイチ(福島第一原発)の北西方向に位置する飯舘村は、事故発生当初、高濃度の放射性物質が降り注いだが、フクイチから20km圏の危険想定区域から離れていたため避難が大幅に遅れ、結果、村民たちは県内でも最も高い数値の初期被曝を受けてしまった。

しかし今年6月、政府は住民の避難指示を2017年3月までに解除すると閣議決定。住民の“帰還”を熱心に進めている。放射線量が格段に高い大熊町の「帰還困難区域」ですら、避難住民の帰還に向けた除染作業がスタートした。この流れでいけば、大熊町と同じ全域避難指定されている飯舘村でも、住民たちを呼び戻す計画が浮上しそうだ。

こうした帰還政策の加速化を、避難者たちは決して手放しで喜んでいるわけではない。

伊達市の仮設住宅に住み続けてきたひとり、「飯舘村民救済申立団」の団長・長谷川健一氏は、今回の政府の閣議決定に対して、こう説明する。

「国と県が強引に推し進める帰村政策は、あまりにも非現実的で、帰るに帰れないというのが大多数の避難者たちの一致した考えです。まず、故郷へ戻ったところで生活基盤は放射性物質で破壊されているので、原発事故以前の暮らしに復帰できる見通しが立ちません。

しかも多くの村民は事故直後の自主避難の際に被曝させられているので、健康上の不安は時間が経つほど強まっていくでしょう。

仮設住宅に暮らし始めた頃は、いずれ国や県が助けてくれるだろうと信じていました。しかし4年半のうちに強まってきたのは、このまま見捨てられるのではないか?という不安感だけでした。おそらく飯舘村だけでなく、他の被災地域の人々も同じ気持ちだと思います」

伊達市の仮設住宅地では数十人の飯舘村民が、菅氏が来るのを待ち受け、集会場で口々に将来への不安を訴えた。帰還困難区域の避難者からも「再び昔の家で、安心して生活できる日が来るのだろうか?」という質問が出たが、菅氏は「今のところ、それは厳しい状況にある」と、率直に返答した。

“爺捨て・婆捨て山”と化すかもしれない

しかし集会場を離れる時、村民たちは菅氏に握手を求めた。今は政権の座を降りた菅氏の立場は誰もが承知しているが、それでも切実な思いを託せる数少ない相手なのだろう。この仮設住宅地を訪れた人物は現政権の要人でひとりもいないという。

次の取材地へ移動する車中、菅氏は集会場で感じた印象を口にした。

「今日は日曜なのに、集会場に来られたのは60歳、70歳以上の高齢者の方々ばかり。この現実からも、福島の被災地で急激に起きている家族関係の変化が窺えます」

事故直後、仮設住宅が建てられた頃には一時的に子供がいる若い夫婦も入居していた。ところが1、2年のうちに他地域への転居が続出し、今では高齢者ばかりが居残る結果になった。すでに、福島県内の仮設住宅は老人福祉施設のような環境になっている。この調子では、ここは間もなく“爺捨て・婆捨て山”と化してしまうかもしれない。

「事故以前の地域コミュニティを取り戻すのは、もはや不可能でしょう。すでに若い世代の多くは別の土地で新しい生活基盤を築いていますから。

家族関係の復元はもちろん大切ですが、福島県内にとどまることを援助継続の必要条件にちらつかせる政策などもっての他で、元の居住地に戻りたい人にも戻りたくない人にも、国は不公平のない手厚いフォローを約束するべきです」(菅氏)

12年6月には、フクイチ事故被災者すべての生活を経済的に援助するための超党派議員立法「原発事故子ども・被災者支援法」が施行された。そして、第2条「被災者自らの意思による居住、移動、帰還の支援」によって、被災者が県内・県外どちらに避難しても生活援助が受けられた。

しかし復興庁は今年7月10日、この支援法の基本方針改定案を発表し「今後、縮小または撤廃することが適当」と発表した。つまり、「放射線量は発災時と比べ大幅に低減し、避難する状況にない」というのが改定の根拠で、「原則(元の場所へ)帰ってほしい」とまで明言した。

被災者全般への経済援助が打ち切られる時期は今のところ決定していないが、応急仮設住宅入居期限の17年3月末までという見方が強まっている。人類史上最悪の原子力事故によって、生活基盤、家族関係、将来設計を破壊された被災者たちは、それで十分に救済されるのだろうか。

●この現地ルポの全文は発売中の『週刊プレイボーイ41号』でお読みいただけます。新たにわかった現実、住民の切実な声とは…!?

(取材・文/有賀 訓 構成/桐島 瞬 赤谷まりえ 撮影/五十嵐和博)

■週刊プレイボーイ41号(9月28日発売)「原発事故総理大臣 菅直人が行く『見捨てられゆく福島』 第1回」より