日本の食の安全がグラついた異物混入問題――。
昨年末あたりから、マクドナルドのチキンナゲットやぺヤングなどの商品から次々と発見されたビニール片、歯、ゴキブリなどの“異物”にはギョッとさせられた。
だが、一連の騒動の中、おにぎりや弁当などの“コンビニ飯”から異物が出たことはなかった。“食品業界を知り尽くした男”こと、食品安全教育研究所の河岸宏和氏によれば、「コンビニの工場の安全性は食品業界でも最先端を行く」のだという。
その秘密を知るべく、河岸氏を案内役にサークルKサンクスのオニギリ工場を訪れた。
株式会社ナガイの野川工場(神奈川県・川崎市)。1日7万6千食のオニギリを製造する、サークルKサンクスの提携工場のひとつだ。
工場に併設する本社ビルに到着すると、まず『衛生ハンドブック』が渡される。新人工員全員に配布されるもので、外国人行員向けに英語版、中国語版、ポルトガル語版も用意されていた。活字だけでは工員それぞれの受け取り方が微妙に違ってくるため、同じ内容を約15分の映像にまとめた衛生教育用のDVD(15分程度)も見せられる。
その内容は、手洗いや食材の取り扱いといった場内ルールはもちろん、『毎日の洗髪』、『出勤前のブラッシング』、『出勤時にウールなど毛羽立つ服は着ない』『爪は手の平から爪が見えない程度に短く』、『生肉、二枚貝(生ガキなど)は避ける』など、工場外の行動までルール化する徹底ぶりだ。ちなみに、女性の場合は『香水&マニキュアの禁止』、出勤時の化粧は薄めかスッピンが基本となる。
コンビニ工場の制服にはポケットがない
こうして事前のレクチャーで“工場ルール”が叩き込まれると、制服を渡されたのだが、これに着替えるのもひと苦労。帽子は髪の毛が完全に見えなくなるまで深く被る必要があり、前髪が一本でも見えていると先輩工員にグリグリと中に押し込まれる。また、手の指に市販の絆創膏を張っている人は、工場指定の青色の絆創膏に付け替えなければならない。「青は食品にない色。混入してもすぐに分かるようにしている」(河岸氏)のだという。
さらに、この制服にはポケットがない。「小銭、クリップ、スマホなどの私物を場内に持ち込ませないため、すべての制服からポケットは取り外しています」(工場長)。これも異物混入対策のひとつ。緊急時以外、スマホは1時間の昼休み中しかいじれない。
私服から制服に着替え、本社ビルの別棟にある工場へ――。
“異物”の混入を防ぐべく、最初に立ちはだかるのが静脈認証システム付きの入口扉。「工場に入れるのは、基本的に衛生教育を受けた登録者だけです」(工場長)。ちなみに、別の入口には目で本人確認する虹彩認証システムを防備。異物を持ち込む可能性が高い部外者は、ココで完全に弾かれるというわけだ。
そこを抜けると、今度はオレンジ色のカーテンが立ちはだかる。「これは、ハエや蚊の侵入を防ぐ特殊な防虫カーテン。このオレンジ色は虫の目には黒色にしか見えません。“真っ黒い壁”が蚊やハエ、ゴキブリの侵入を防ぎます」(河岸氏)。
そのカーテンの向こうには個室があり、まず40秒間、制服に付着したゴミを取り除くために粘着ローラーを掛ける。あらかじめ40秒に設定されたタイマーが鳴るまで、念入りに…。
続いては30秒間の手洗い。こちらも蛇口の上にセットされたタイマーがピピっと鳴るまで指の間や爪の中までキッチリと。計70秒間のローラー掛けと手洗いはかなり長く感じたが、タイマーで時間が管理されている以上、他の工員の目もあり、サボることはできない。この個室には、そんなピリッとした緊迫感が漂っていた。
衛生管理を怠った人に課す恥辱のペナルティ
手洗いを終え、さぁ、工場へ!と思ったら、ん? 目の前の扉が開かない。立ち往生していると、「アルコール噴霧器に手をかざしてみてください」と工場長。言われた通りにすると、アルコールが手に噴射された直後に扉がオープン。
「アルコール消毒をしろとマニュアルで決まっていても、つい忘れてしまったり、面倒くさがって消毒を怠ったりしてしまうのが人間というもの。これを100%防ぐために噴霧器と扉を連動させ、消毒した人しか中に入れないシステムになっているんです」(河岸氏)
その扉を抜ければ、ようやく工場の作業場に…と思ったら、今度は畳半畳分ほどの狭い部屋。中に入ると背後の扉が閉まり、完全に閉じ込められてしまった。…と、次の瞬間、頭上と左右の三方向から、ズゴーーーーーー!っと全身に吹き付けてくる、もの凄い暴風。「ローラー掛けで取り除けなかった微細なゴミを吹っ飛ばすエアシャワーです」(河岸氏)。20秒ほどで風が止むと前方の扉が自動的に開いた。
工場に到着するまでに幾重にも張り巡らされた衛生管理システム。そこを潜り抜けると、抜け毛、微細な繊維片などすべての異物が除去され、まっさらな体になっているというわけだ。だが、それでも前髪が帽子からはみ出たり、手洗いが不十分で爪アカが残ってしまっている工員がいないとは限らない。要は、異物の混入を最後に防ぐのは、機械ではなく個人の意識なのだ。そこで、工員の衛生意識を緩ませないための最終手段がコレだ。
「場内を見回り、例えば、ある工員の制服に毛髪がついていれば口頭で注意し、翌日も付いていたとすると、その時点で違う色の帽子に付け替えさせます。これが3日連続になると、制服すべてを違う色のものに着替えさせます。他の行員は白だけど、その工員だけ黄色やピンク色の制服。何十人と工員がいる中、誰でもそんな風にはなりたくないでしょう?」
絶対に嫌だ、恥ずかし過ぎる(苦笑)。
エアシャワーを終えて狭い通路を歩いていると、グイーン、ガッシャンと、場内に鳴り響く機械音がようやく聞こえてきた。そして、目の前に最後の扉が現れる。手動式の観音扉だが、手で開けようとすると、そこに張られた注意書きが目に入った。『扉はひじで開けること!』。
危なかった…。「手は直接、食品に触れるところだから、工場の扉はひじで開けるのが原則。誤って触ったら逆戻り、手洗いからやり直しです」(河岸氏)
この工場で一ヵ月も働けば、どんなに不潔な人でも潔癖症になりそう…。なるほど、コンビニ飯から異物が発見されないわけだ。
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(取材・文/興山英雄)