汚染が続く南相馬市西部・県道49号線沿いを視察する菅氏 汚染が続く南相馬市西部・県道49号線沿いを視察する菅氏

フクイチ(福島第一原発)事故から4年半が過ぎた福島県では、今、避難している人々を「ほぼ除染が終わった土地」へ帰そうとする動きが強まっている。ところが、実際に自宅へ戻ることを希望する旧住民は1、2割どまりだという。

前回記事で紹介したように、特に放射能汚染がひどかった「浜通り地域」では、広大な農地の除染がこれから本格化し、廃棄物が果てしなく増えていく。その処理・保管場と化す今の汚染地域では、もはや昔どおりの生活は困難だと旧住民たちは諦めているのだ。

そうした被災者の心情を無視して国と県が進める「棄民」のような復興政策は、南相馬市などの「特定避難勧奨地点」でも反発と不信感を招いている。

特定避難勧奨地点は2011年6月に定められ、フクイチ20㎞圏外で放射線被曝量が年間20mSv(ミリシーベルト)=毎時3.8μSv(マイクロシーベルト)を超す危険がある住宅のうち、妊婦と子供が住む世帯だけが指定された。その指定世帯は、避難先の住宅補助金、国民健康保険と税金の減免措置などを受けてきたが、12年12月には線量が基準値を下回ったという理由で、川内村1世帯と伊達市128世帯が指定解除となった。つまり、支援が打ち切られたのだ。

さらに指定期間が延びていた南相馬市の153世帯も昨年12月に解除されたが、地域住民たちは強く抗議し、今年4月と6月に“指定解除の取り消し”を国に求める集団訴訟を起こした。その原告団「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟支援の会」代表世話人の坂本建氏は、こう説明する。

「この避難勧奨地点の指定方法は非常にずさんで、各家の玄関先と庭の中央部など数ヵ所の、地上1mの空間線量を測るだけで決められたのです。そこで私たち住民が独自に測定すると、指定外の家の周りでも基準値以上に汚染された場所がいくらでも見つかり、なかには屋外より室内のほうが線量が高いケースもありました。

その汚染状態は今も変わらないばかりか、南相馬では除染をしても2、3ヵ月ほどで再び線量が上がる場所が多く、市に頼んで再除染しても、結局はイタチゴッコになってしまうのです。しかし、除染したばかりの場所を測れば一応は基準値よりも低い数値が出せるので、それを理由に行政側は避難勧奨地点の指定を解除しました」

ある民家で計測された高い線量値に菅氏は…

 一向に除染の効果が表れない南相馬市・避難勧奨地点の家屋の線量を確認する菅氏 一向に除染の効果が表れない南相馬市・避難勧奨地点の家屋の線量を確認する菅氏

本誌取材班と“原発事故発生時の総理大臣”菅直人氏は、今も南相馬市内各地で高い放射線値が測定されている場所を、坂本氏と「南相馬・避難勧奨地域の会」事務局長の小澤洋一氏に案内してもらった。

それらのホットスポットは、一般家屋の庭、道路脇の草地や側溝付近、用水路沿いの農道、スーパーマーケットの駐車場など実に様々な場所に潜み、実際、線量計が毎時5~20マイクロシーベルトの高い数値を示した所もあった。水田脇のあぜ道でも10マイクロシーベルト前後の場所があり、農業の再生などできるのか?と大いに疑問を感じた。

除染しても線量の下がらない家屋では、市の委託業者や東電職員のボランティアによる再除染も行なわれているが、その際に集めた大量の落ち葉や木の枝などは、各戸が収集日に処分しなければならない。その汚染物を詰めた家庭用ゴミ袋を裏庭に積んだ、特定避難勧奨地点を解除された一軒を訪れた。

この家では除染の効果もなく、庭先に置いた木製テーブルとベンチに高濃度の放射性物質が染み込んでいた。いくら土を入れ替えて線量を減らしても、すぐに3、4μに戻るという軒下に立った菅氏は、いぶかしげに地面と屋根を見ながら、

この家の庭や軒下の汚染は、たぶん瓦屋根から滴り落ちる雨水によるものでしょう。しかし最初の除染では、どこの家屋でも放射性物質が降り積もった屋根部分は念入りに清掃したはずなので、今もまだ屋根から汚染水が流れ続けているのは理解に苦しみます。もしかしたら、なんらかの理由で追加的な汚染が起きているのでしょうか

と述べた。菅氏の推察通り、南相馬市の特定避難勧奨地点で一向に放射線量が下がらないのは“地形”に特別な原因がある。南相馬市の西側に「奥羽山脈」が南北に連なっているからだ。

11年3月12日から4月初めにかけて、奥羽山脈の森林地帯にはフクイチ事故で放出された高濃度の放射性物質が降り注ぎ、今も手つかずの状態になっている。県の山岳森林地帯の除染費用は400兆円と試算されているが、そもそも物理的に森林の除染は不可能だ。前出の小澤洋一氏によると、

「その森林地帯に蓄積した汚染物質が風と水の作用で南相馬市へ下ってくるため、いくら除染しても追いつかないのです。地形条件の違いで除染の効果も大きく異なるという事実を国と県はスルーして、どこの市町村でも同じ期間内に同じ成果が上がるという単純な発想で除染を進めてきました。

しかし、南相馬をはじめ除染の効果が出にくい地域があるのは間違いない事実。そうした科学的な検討もせずに住民を一律に汚染地域へ帰すのは、まさしく私たちに“人間モルモット”になれというのと同じです」

被ばくした動植物に生育異常が多発!

最も重要な問題は、放射能汚染による健康被害の危険性だ。これについては最近、気になる生物界の異変が注目を集めた。

「放射線医学総合研究所」(千葉県千葉市)の発表によると、12年後半から福島県の奥羽山脈では「モミの木」に枝の変形などの「生育異常」が起き始め、特に大熊町のモミの木では100%近い発生率になったというのだ。

今回の取材を一緒に行なった、ドキュメント映画『福島 生きものの記録』シリーズの岩崎雅典監督も、こう警鐘を鳴らす。

「フクイチ事故後に始まった浪江町の野生ニホンザルの研究でも、特に若い個体で血液中の白血球数が減少している事実が指摘されています。私自身の取材体験では、浜通り並みに汚染がひどかった栃木県・那須野にすむオオタカの繁殖率が12年から大きく低下しました。もちろん人間も生物界の一員なので、細心の注意を向けていく必要があります」

チェルノブイリ原発事故でも、5、6年後からユーラシア大陸の広い地域で放射線障害が疑われる動植物と人間の病変が多発した。しかし、今こそ厳重に警戒すべき時期に差しかかったフクシマでは、まるで原発事故が幻だったかのように復興計画だけが暴走している。

オリンピック開催を控え、巨大原子力災害の記憶を国際的にも風化させるには、被災地域への住民復帰が最も効果的だと日本政府はもくろんでいるのか!?

(取材・文/有賀 訓 構成/桐島 瞬 赤谷まりえ 撮影/五十嵐和博)

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