先月27日、大阪の八尾市の中学校で行なわれた運動会の組み体操で10段の巨大ピラミッドが崩壊、生徒が腕の骨を折る事故が起こった。
学校側は練習でも成功していないのに強行したというが、ピラミッドが崩れる動画を確認すると、生徒の腕がありえない方向に曲がっているのが衝撃的で、さらに同校では昨年も練習中や本番で4人も骨折していたことが明らかになった。
大阪に限らず、全国で似たような事故は頻発しており、危険すぎる組み体操、高層化するピラミッドの是非に大論争が巻き起こっている。それを受け、前編記事ではその危険性と安全対策の緩さを問題視した。
そのような状況に対し、9月1日には大阪市教育委員会が、土台が四つん這いのピラミッドの高さは5段まで、肩の上に立って作る「タワー」は3段までと規制をかけることを発表し、組み体操の安全対策に乗り出した。
全国的にも先駆けとなるレアな対処に、大阪市の橋下徹市長も定例会見において教育委員会の制限に賛成の意を示したが、一方で「ウチも子供の運動会を見に行って、高いのはやっぱりすごく感動しました。ハラハラしながら本当にできるのかなぁという思いで。(中略)僕はやっぱり子供たちに挑戦させるのは重要だと思っているので、これまでやってきたことに先生たちが一生懸命努力してきたことは全部否定はしないけれども…」と親としての本音を語っている。
実際、橋下氏のような本音をもつ親や教師は少なくない。そのような教師や保護者の感動があってか、昔は5段程度だった人間ピラミッドは、どんどん大きくなり、百数十名の生徒が参加する10段組みまでエスカレート、高層化する人間ピラミッドへの挑戦が低年齢化の一途をたどった経緯がある。
体操の元五輪代表で、2度のオリンピックで4つものメダルを獲得、現在は体操倶楽部を主宰し、イベントを通じて多くの子供たちを指導する池谷幸雄氏は「昔の子供たちだったら大丈夫だったのに、今だと普段から運動をしているコは良いのですけど、してないコっていうのは家にこもりがちで、運動量自体が減っています。
体力が想像以上に落ちているのはあって、昔のようにはいかない部分もある。子供たちの体力低下を考えて構成を練らないとケガしますよね。先生方もその人間ピラミッドが無理か無理じゃないかは、見ていてわかるはずだと思うんですけど…」と、高層化・低年齢化する人間ピラミッドに疑問を投げかける。
教育という大義のためなら理不尽としか…
話はやや逸れるが、未公開株に関わる金銭トラブルで自民党を離党、19歳の男性を買春していた疑いで糾弾された武藤貴也衆院議員が、ツイッターに「SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延(まんえん)したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」と批判し、世間の関心を集めた。
それに対し、教育評論家で尾木ママとして知られる尾木直樹氏が「戦争に行くのは嫌だは当たり前!!」「戦前と間違えているのでしょうか!? 恥ずかしいー 議員もやめて欲しい」と公式ブログで反論。確かに、戦争に行くか行かないか、つまり自分の命をどう生かすかは自身が決める問題で、権力者に強いられることではないと考えている人が多いのも昨今の心理といえるだろう。
他人に強いられるという意味では、この組み体操も同じだ。本人の意志に関わらず、教育という大義のために挑戦させられているとしたら、やはり理不尽と言わざるを得ない。
観客に感動を呼び、生徒たちには一体感や達成感を得るというメリットがあるのは事実。だが、練習中に膝に小石がめり込んだり、肩や背中に尋常ではない重量が加わり、激しい痛みを感じても当人の立場で感じている危険を明らかにし、その場を放棄することが難しい現状となっているのだ。
生徒たちが自衛しにくいからこそ、教育者側はピラミッドを作る生徒の体力に合わせて構成を練り、プロスポーツ並みに安全対策をとる必要があるワケで、運動場に落下の衝撃を吸収するためマットを敷き詰める、ヘルメットやプロテクターで身を守る…など選択肢は検討されるべきものだ。
「組み体操は運動会の醍醐味(だいごみ)ですし、みんなで協力し合ってチャレンジするってことって少ないので、そういう意味では素晴らしいことだと思うんですけど。ケガ人を出さないようにやるっていうのがプロとしての基本の考え方なので、最善の安全対策をとってケガをしない形での組み体操にしてほしい」と、前出の池谷氏も訴える。
その通り、組み体操自体が悪いのではなく、指導者が安全についてしっかり考えず、個々に能力も意識も違うことを尊重しないことが問題であるはずだ。
組み体操だけでなく、昨年度はやはり運動会のムカデ競争で本番、練習中に計482人もの生徒が骨折していたという報告もあった。棒倒し、騎馬戦などでもケガ人は続出している。
運動会は、犠牲者を出さずに一体感や達成感を感じることができれば、生徒も保護者も教員もこの上ない喜びを得ることは間違いない。“荒々しい祭り”ではなく“安全なスポーツ大会”という方向を目指してほしいものだ。
(取材・文/週プレNEWS編集部)
■池谷幸雄(いけたに・ゆきお) 1970年9月26日生まれ。東京都出身。4歳の頃より体操を始める。清風中学校、清風高等学校、日本体育大学卒。ソウルオリンピックで、団体・個人床で銅メダルに輝き、バルセロナオリンピックでは団体で銅メダル、個人床で銀メダル獲得。平成13年から「池谷幸雄体操倶楽部」を運営。テレビ、ドラマ、舞台、キャスター、体操コメンテーターなど、幅広い分野で活躍中。