「外部漏洩や成り済ましサギといった犯罪の誘因になるだけでなく、運用の仕方によっては監視国家のようなことにもなりかねない」と語る藤井氏 「外部漏洩や成り済ましサギといった犯罪の誘因になるだけでなく、運用の仕方によっては監視国家のようなことにもなりかねない」と語る藤井氏

マイナンバー制度の危険性を警告する解説書はすでに数多く出版されている。しかし、惜しむらくは内容が専門的で難しかったり、今ひとつ理解ができない。

もっとラクに読みやすい本はないかと探していたら…それが、藤井太洋(たいよう)氏の著書『ビッグデータ・コネクト』(文春文庫)だ。

本書は、ITエンジニア誘拐事件を捜査する京都府警サイバー犯罪対策課の活躍を描く警察小説である。小説としての面白さは折り紙つきだ。『本の雑誌』8月号では「キャラよし、テンポよし、構成よし」と、2015年度上半期エンターテインメントベスト1に選出されている。

だが、この本の魅力はエンターテインメント性だけではない。本書で描かれるIT業界、行政、そしてビッグデータをめぐる謎を読み進むうちに、マイナンバーがもたらす近未来の危機を直感的に理解することができるのだ。

マイナンバーの運用スタートを来年1月に控え、今これだけ読み応えのある本もない。何しろ、フィクションの世界が来るべき現実とシンクロしているのだから…。マイナンバーが我々にもたらす危うさとはどんなものなのか? 著者を直撃した!

―本書を書こうと思ったきっかけを教えてください。この数年に起きたふたつの事件がモチーフになっているんですね。

藤井 ヒントとなったのは2013年にあったふたつのニュースです。

ひとつは、当時30歳の男が他人のパソコンを遠隔操作して、幼稚園襲撃や殺人などの犯罪予告をしたというニュースです。もうひとつは、佐賀県武雄(たけお)市の“TSUTAYA図書館”(TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブが運営する図書館)をめぐるニュースです。

カフェを併設したり、図書貸出カードにTカードを導入するなどの運営が評判となり、半年で50万人以上の来館者があったと評判になっていた。このふたつのニュースを組み合わせて、官設民営型の公共事業とビッグデータ利用をめぐる犯罪が起きるという話を作れば、スリリングな警察小説になると考えたんです。

―小説では図書館やクリニック、自治体出張所らが併設された「コンポジタ」という官設民営施設が登場します。民間のポイントカードとマイナンバーカードをリーダーに挿入すれば会員登録ができ、住民票や生活保護の申請などもできるようになるという設定になっています。

藤井 ツタヤ図書館では図書の貸し出し記録をTカードのPOS(商品の販売情報を記録して在庫管理などに用いるシステム)を用いて民間の運営会社に蓄積します。市長は貸し出し記録が個人情報でないと言っていたわけですが、無知もいいところですね。

戦前、特高警察は国民の思想統制のために図書館の貸し出し記録を利用したという歴史がある。その反省から公的図書館では貸し出し記録の保存はしていません。誰がどんな本を借りたか、そのデータを利用することは、憲法の保障する「内心の自由」を侵すことにもなりかねないからです。

そんなこともわからない市長が現実にいて、マイナンバーのようなソーシャルIDを官設民営型のビジネスを通じて民間業者が扱うって怖くありませんか? 小説ではそうした部分も描きたかった。

公共心の乏しい首長が“不適切な条例”を作ったら…

―執筆にとりかかったのは昨年2月と聞きました。でも、当時はまだマイナンバーの制度設計がどうなるか固まっていない時期です。よく小説の世界にマイナンバーという素材を入れ込むことができましたね?

藤井 当時、マイナンバーのデメリットに関する論議はそれなりに盛んでしたが、それでも実際の導入までにはかなりの時間がかかると誰もが考えていました。ところが、安倍政権になってとんとんと話が進み、昨年10月にはついに改正マイナンバー法が成立した。状況がめまぐるしく変わるたびにプロットや小説内でのマイナンバーの扱いも微調整が必要となり、大変でしたね。書いているうちに現実がフィクションである小説の世界にどんどん追いついてきたという印象です。

―本書で描かれたような情報流出は近い将来、日本でも起こりかねないのでしょうか?

藤井 改正マイナンバー法では、自治体が条例を定めればマイナンバー利用を独自に行なうことができるようになりました。自治体は全国に1700以上あります。中には公共心の乏しい首長が当選し、“不適切な条例”を作ってしまうかもしれない。実際に図書館利用カードにマイナンバーカードを使おうと提案している現役市長もいます。こうした首長が官設民営ビジネスに乗り出し、委託先の民間企業からマイナンバーが流出することは十分に考えられます。

―それは、どのようにして漏洩(ろうえい)する可能性があるのでしょうか?

藤井 来年1月から企業は給与や報酬を支払うために社員や外部支払先のマイナンバーを集めることになります。そうすると、企業の会計ソフトや顧客管理ソフトに膨大な個人のマイナンバーが登録されることになります。

国はひとつ、自治体は1700ですが、企業の数は数百万社にも上ります。極端に言えば、そのすべての会社の会計ソフトを扱える社員なら、誰でもマイナンバーを外部に流出できてしまうリスクがあるのです。マイナンバーは外部流出を防ぐ制度設計になっていません。

おそらく、マイナンバーの流出トラブルが起きるのに、さほど時間はかからないでしょう。運用がスタートする来年1月中にも第1号の流出事件が発生するのではと予測しています。

―来年に向けてちょっと心配になってきました。

藤井 本書は警察小説です。まずは純粋なエンターテインメントとして楽しんでください。

ただ、マイナンバーにはデメリットもあります。様々な個人情報がひもづけられるため、外部漏洩や成り済ましサギといった犯罪の誘因になるだけでなく、運用の仕方によっては、国民の情報をすべて管理する監視国家のようなことにもなりかねない。だからこそ、国民はマイナンバー制度が暴走しないよう、しっかり見ていかなければならないと思います。この小説がそうしたことを考える助けになるなら嬉しいですね。

(インタビュー・文/姜誠 写真/岡倉禎志)

●藤井太洋(FUJII TAIYO) 1971年生まれ、鹿児島県奄美大島出身。2012年ソフトウエア会社に勤務する傍ら執筆した長編小説『Gene Mapper』を電子書籍で自費出版。同作は加筆修正後、2013年に早川書房から『Gene Mapper-fullbuild-』として商業出版される。2014年発表の『オービタル・クラウド』(早川書房)で、第35回日本SF大賞を受賞。ほかに、仮想通貨が浸透した2018年の日本の社会を描いた『アンダーグラウンド・マーケット』(朝日新聞出版)がある

■『ビッグデータ・コネクト』(文春文庫 790円+税) IT業界に精通する小説家が、来年1月からスタートするマイナンバー制度を前に、個人情報漏洩の危機を描きながら挑んだ新時代の警察小説。公立図書館と民間企業との連携を進めるエンジニアが誘拐された―。冤罪の汚名を着せられたハッカーと、サイバー犯罪捜査官が、行政サービスの民間委託計画と個人情報の闇を追う