「これからの世界は宗教対立が相次いだ中世ヨーロッパのような試練が待っているかもしれない」と語る関氏 「これからの世界は宗教対立が相次いだ中世ヨーロッパのような試練が待っているかもしれない」と語る関氏

IS(イスラム国)によるパリ同時多発テロ事件、南シナ海での米中対立、トルコ軍のロシア機撃墜…。

世界各地で紛争の火種が拡大している。ローマ法王は「地域紛争、大量虐殺、その他の侵略者やテロリストたちの犯罪の中で行なわれていることを第3次世界大戦であると述べることができる」と発言した。

また、日本と中国、韓国は“歴史認識”をめぐり対立、応酬を繰り返している。世界情勢は風雲急を告げているが、今ひとつよくわからないという人も多いだろう。歴史研究家の関眞興(せき しんこう)氏はライバル国の歴史を考えると、世界情勢がわかりやすく見えてくると言う。

―トルコ軍のロシア機撃墜は、第3次世界大戦の火種になりかねないという意見もあります。

 あの種の衝突で自国に落ち度があるとは、どの国も言いません。ロシア機が領空侵犯したようですが、認めないでしょう。ただ、世界大戦に拡大するかというとどうかなあ。戦闘になっても局地戦で終わると思います。今回のロシアとトルコの場合、爆撃対象はシリア国内のISですが、そのシリアはアサド政権で一枚岩ではない。反アサド勢力も拡大していて内戦状態ですからね。反ISの国々でも親アサドと反アサドに分かれているので、そういう意味ではリスクがないとは言えません。

―プーチン大統領は「ISを倒すにはアサド政権を支持するしかない」と語っています。

 本にも書きましたが、現在のシリア、ヨルダン、レバノン、イスラエルの地域に当たる「歴史的なシリア」の成り立ちを考えると、わかりやすくなります。今、シリアはバアス党のアサド大統領による独裁政権です。もちろん、イギリス、フランス、ロシア、アメリカは反ISの立場ですが「歴史的なシリア」にどう関わってきたかで親アサド、反アサドのどちらになるのかが見えてきます。

―素直に考えると、反アサド勢力を応援することがシリアの民主化につながる気がします。

 必ずしも民主化が善、独裁が悪と言えないところもありますからね。イラク戦争でサダム・フセイン政権が崩壊、さらに2010年末にチュニジアから始まった民主化運動「アラブの春」でアラブ地域の独裁者が消えた。しかし、民主化後、国家を安定させる理念がきちんとしなかったことで、独裁者はいなくなりましたがイラクは大混乱してしまった。その結果として、ISのようなイスラム教による宗教国家を目指す動きも出てきたわけです。アサド政権を倒せば、そういうリスクが拡大していく可能性も考えられます。

元々、イスラム教は純粋すぎるから原理主義に走りやすいんです。例えば、79年のイラン革命でイランは聖職者であり法学者のホメイニ師が政治を司(つかさど)る政教一致の宗教国家になりました。ひとりの法学者が政治的主導者になって物事が決まっていくなら、独裁となんら変わらないかもしれません。善意に解釈すれば、厳格に聖書に従うキリスト教のピューリタニズムのようなものですが、ヨーロッパの近代的思想とは相いれない。その流れの中にISもあります。

あと1世代、2世代はわかりあえない

―イスラム教のどういうところが純粋すぎるんでしょうか?

関 イスラム教は基本的に聖典コーランを基にした宗教です。しかし、コーランは約1400年前のものだから、昔からその時代に対応させるために様々な法学者がいろいろな解釈をしてきた。その結果、スンニ派、シーア派などに分かれ、宗教対立が生まれました。

これからイスラム世界はいやになるほど紛争を繰り返していくのかもしれません。中世ヨーロッパはルターの宗教改革の時代から30年戦争の終わりまで、150年ほどカトリックとプロテスタントが対立して荒れに荒れていました。フランスの聖バーソロミューの虐殺では3千人が命を落とし、戦争も繰り返された。ヨーロッパはキリスト教をめぐり、そういう悲惨な経験をしてきているんです。

イスラム世界は超越的な存在が出てこない限り、すぐには安定しないでしょう。ただ、全世界で16億人ともいわれるイスラム教の信者を納得させるような人物が出てくるかというと、それはなかなか難しい。これからは中世ヨーロッパのような試練が待っているのかもしれません。

―歴史問題でいうと、日本は中国、韓国に「歴史認識が間違っているから謝罪しろ」と言われ続けていますが…。

 中国、韓国が主張する歴史認識はナショナリズムの裏返しだと思います。国家をひとつにまとめるために中国、韓国は日本が侵略、植民地化した過去をことさら強調している。昔から、仮想敵国があると国家はまとまっていきますからね。

尖閣諸島や竹島の領土、慰安婦は歴史認識の問題ではないと思います。良い悪いは別にして、領土問題は歴史だけで決まらないし、過去の戦争では他にも悲惨な事件がたくさん起こっていますからね。

―ただ、いつまで中韓は謝罪を要求するんでしょうか?

 よくいわれることですが、あと1世代、2世代はたたないと、お互いがわかり合えないでしょうね。時間が必要になる。ナショナリズムは克服していくべきだと思いますが、それには勉強して教養を得る必要があります。過去の歴史を振り返って、今、自分は同じ過ちを犯しているのではないかと考えることが大切です。

最近、シリア難民のニュース映像を見て、僕が思ったことは…紀元前6世紀のバビロニア捕囚です。ユダ王国のユダヤ人たちが捕虜としてバビロニア地方に連行、移住させられた事件ですが、シリア難民の列を見て、バビロニア捕囚のイメージが頭に浮かんできた。もちろん、シリア難民は捕虜でなく、自らの意思ですが、好きで国を離れるわけではないので似ていると感じたんです。

歴史は過去に起こったことと考えてしまったら面白くありません。イギリスの歴史家、E・H・カーに「歴史とは現在と過去との対話である」という名言があります。確かに、歴史を知ること、考えることで現在が見えてくる。そこから正しい歴史認識も生まれてくると思います。しかし一方、本当に人間は反省なく、同じ過ちを繰り返しているなと思います。自分を含めて、人間は成長しないものだと、この頃つくづく感じています。

(取材・文/羽柴重文)

●関 眞興(SEKI SHINKO) 1944年生まれ、三重県出身。東京大学文学部卒業後、駿台予備学校の世界史講師となる。2001年に退職し、現在『漫画版 世界の歴史』シリーズ、『中国の歴史』シリーズ(以上、集英社)の構成を手がけるなど、歴史関係の本の著作・監修を多く行なっている。主な著書・監修書に『読むだけ世界史』(学研)、『図解でスッキリ! 世界史「再」入門』『30の戦いからよむ世界史(上・下)』(以上、日本経済新聞出版社)

■『ライバル国からよむ世界史』(日経ビジネス人文庫 890円+税) 「隣国同士はなぜいつも仲が悪いのか?」をキーワードに、国境、資源、民族、宗教など、さまざまな理由で火花を散らしてきた“20の対立”を取り上げる。また本書には、イスラム国問題、シリアをめぐる米ロの緊張関係など、タイムリーな国際情勢ネタも満載。"ライバル国"という切り口で歴史をひもとくことで、問題の本質が見えてくる!