山梨リニア実験線を走るリニア車両。現実問題として本線着工には難題が山積する… 山梨リニア実験線を走るリニア車両。現実問題として本線着工には難題が山積する…

もう1年が経とうとしているーー。待てども待てども、国土交通省からはなんの連絡もない…。

「もう待てません。私たちは最後の手段として、JR東海のリニア中央新幹線計画を事業認可した国土交通省を相手取り、事業認可取り消しを求める行政訴訟を起こします」

10月30日。東京都の参議院議員会館で、リニア問題に取り組む市民団体「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」の川村晃生共同代表はそう公表した。

実現すれば、2027年に東京(品川)から名古屋までを40分で、45年には東京から大阪までを67分という超高速で結ぶリニア中央新幹線。本格的工事は来年から始まる予定だが、そこでは川や沢の水枯れや処分できない残土などの環境問題、いくつもの地域での地域分断など看過できない問題が起こることが次々と炙(あぶ)り出されてきた。

だが、JR東海が計画沿線各地で開催した説明会では、住民側の疑問にほとんど具体的回答が示されることなく終わった。曰く、「国際基準をクリアしております」「水を枯渇しないように努めます」「残土の処理については都県を窓口にいたします」等々…。当然、ほとんどの説明会で住民からの怒号が飛んだ。

 住民説明会では、ほぼすべての会場で、まだ質問の手が挙がっているのに閉会宣言がされた。納得できない住民が抗議に詰め寄ったが…(長野県大鹿村) 住民説明会では、ほぼすべての会場で、まだ質問の手が挙がっているのに閉会宣言がされた。納得できない住民が抗議に詰め寄ったが…(長野県大鹿村)

例えば、長野県大鹿村では、史上初めて南アルプスに25キロものトンネルをぶち抜くことで発生する残土のうち300万tが排出される。JR東海は最大時で1日1736台もの工事用車両が村を走ると予測するが、つまりは1分間に3台以上…。騒音、振動、泥はね、土埃、排気ガス、そして交通事故への不安が10年以上も続くのだ。

だが、「安心して暮らせない」との住民の訴えにJR東海はこう回答した。「騒音は環境基準の70デシベルを下回る69デシベルと予測しております。環境への影響は小さいと予測します」

これらの問題への解決策が示されぬまま、2014年10月、国土交通省はリニア計画を認可した。このままではただ着工されてしまうだけで泣き寝入りすることになる。

その怖れから、ネットワークが取り組んだのが認可の取り消しを求める異議申立書を国交省に送ることだった。これを送付した人は、国交省に対して直接意見陳述できるというものだ。ただし送付できる期間は事業認可から60日以内と定められている。ネットワークが全国に緊急呼びかけを行なうと、5048通の申立書が集まった。

異議申立書を提出したのにはもうひとつの理由がある。

「私たちは国交省の事業認可に対して、ゆくゆくは取り消しを求めての行政訴訟も考えてきました。そうであれば、今のうちに原告予備軍を集めておく必要があった。というのは、事業認可から半年以内なら誰もが原告になれますが、半年を過ぎれば、原告は異議申立書を提出した人だけに限られるんです」(前出・川村さん)

無視し続ける国土交通省の返答は…

 14年12月、ネットワークは国交省に5048通の異議申立書を提出した。右にあるのが申立書の詰まった段ボール 14年12月、ネットワークは国交省に5048通の異議申立書を提出した。右にあるのが申立書の詰まった段ボール

ともあれ、ネットワークでは、国交省に直接意見陳述ができるのであれば、まずは異議申立書に対する国交省の裁決を待とうと考えた。ところが、半年経ってもなんの音沙汰もなく、さらに1年が経とうとしている。11月中旬、記者は国交省に電話をした。

―誰が意見陳述できるかの審査は終わっていないのですか?

「まだ終わっておりません」

―いつ終わる予定ですか?

「わかりません」

―5048通のうち、何割くらいに目を通したのですか?

「申し上げられません」

―遅くてもいつまでには裁決を下すべしとのタイムスケジュールはあるのですか?

「それもわかりません」

暖簾(のれん)に腕押しとはこのことだ…。さらにJR東海は、最難関とされる南アルプスの山梨県側、約8キロの区間について工事入札を行ない、大成建設、銭高組、佐藤建設のJV(企業共同体)での落札が決まった。12月18日に起工式、来春には実際の重機による鍬入れが始まるところまで来てしまった。

そんな現況を踏まえ、ネットワークは裁判闘争を選んだというわけだ。「今から訴訟の体制を整えても、実際に提訴できるのは私たちも来春になります。今から原告を集めなければなりません」(川村さん)

前述のように、原告になれるのは既に異議申立書を提出した5048人に限られるが、この中の2割でも求めに応じてくれれば、1千人の原告団ができる。今、ネットワークはその呼びかけに奔走している。

やはりネットワークの共同代表でもあり、「ストップ・リニア! 訴訟」と名付けられた訴訟の事務局長を務める天野捷一さんは「訴えるのは国交省ですが、法廷の場には当然、JR東海にも出てもらいます。そこで説明会で明らかにしてこなかった事実を公のものとしたい」と語る。

ただ、よく質問されるのが、「裁判で何を争うのか?」ということだ。

JR東海は、住民には「丁寧ではない説明」を繰り返してきたが、それは違法行為ではない。リニア手続きにおいて、何かしらの違法行為があったのだろうか?

環境影響評価法への違反をつきたい

 10月30日のリニア訴訟スタート集会。(右)「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」の川村晃生共同代表。(中央)関島保雄弁護士 10月30日のリニア訴訟スタート集会。(右)「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」の川村晃生共同代表。(中央)関島保雄弁護士

「そこを突きたい」と語るのは、15人(予定)で結成する弁護団の中心人物ともなる関島保雄弁護士だ。

「JR東海は、2011年末から約1年半の環境アセスを実施しましたが、このアセスが実に杜撰(ずさん)です。水問題、残土問題、騒音や振動などすべての環境項目で、リニア工事やリニア走行の『環境への影響は小さいと予測する』と結論付けています。その根拠も書かれていない。

この杜撰(ずさん)なアセスに基づき事業認可された計画なので、まずその環境影響評価法(アセス法)への違反をつきたい。そして鉄道事業法では、事業には安全対策(保守設備、工事中の安全等々)や災害防止などの設置が求められているのにリニア計画ではそれが描かれていないので、ここもついてみたい」

様々な問題が解決されず、不安を抱く住民の納得も得られぬまま強行されようとしているリニア事業。さらに、現実問題として、あまりにも難しい工事ゆえゼネコンも参入に尻込みしているという実態がある。次回配信では、改めて「私たちはリニア事業には参入しません」というゼネコン社員の声をリポートしたい。

(取材・文・写真/樫田秀樹)

※原告にはなれないが、金銭的なサポーターになりたい方は、ネットワーク事務局長の天野さんまで(s-amano@v7.com)

 リニア計画沿線を環境アセスした報告書である、JR東海の「環境影響評価書」には、どの環境項目も「影響は小さい」と書かれている リニア計画沿線を環境アセスした報告書である、JR東海の「環境影響評価書」には、どの環境項目も「影響は小さい」と書かれている