バルカン半島でISの影響力がさらに強まっていくようなら、ジハーディズムが拡大していくと指摘するモーリー・ロバートソン氏

ボスニア当局はIS関連者の摘発に躍起だが、ISへの潜在的な共鳴者はかなり多いと思われる…。

『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが語る。

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フランス・パリ同時多発テロ事件以来、ベルギーの首都ブリュッセルが“欧州産ジハーディスト”を輩出した街として世界から注目されています。しかし、実は多くの中東ウオッチャーがベルギー以上に警戒している国がある。西欧と中東地域の中間点に位置するバルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナです。

現地報道によれば、今年、新たにIS(イスラム国)に加わったことがわかっているボスニア出身者は92人。ISの本拠地であるシリアやイラクを除けば、これはヨルダン、チュニジア、サウジアラビアに次ぐ数字(欧州最多。ちなみに続く5位もバルカン半島のコソボ)で、現にここ数年、ボスニア国内でも多くのテロが発生しています。

今後はISにリクルートされ、シリアなどで戦闘方法や爆弾製造を学んだボスニア出身者による欧州各国での「作戦遂行」が危惧されているわけですが、なぜ、ボスニアから多くのジハーディストが生まれるのでしょうか。

国家や地域が互いに対立する小さな国家・地域に分裂していくことを表す「バルカナイズ(Balkanize)」という地政学用語があります。バルカン半島の民族対立が第1次世界大戦の引き金となり、“欧州の火薬庫”と呼ばれた頃に生まれた造語ですが、現状を見るにつけ、この地域の問題はあれから100年たっても何も解決できていないと思わざるを得ません。

元々、旧ユーゴスラビア連邦内の共和国だったボスニアは、ユーゴ崩壊により1992年に独立を宣言しましたが、内戦終結後もセルビア人(主に正教徒信者)、クロアチア人(主にカトリック)、ボシュニャク人(主にイスラム教徒)が混在する「半国家状態」が続いている。表向きは統一国家として民族融和策が取られていますが、今も民族間のわだかまりは根深く残っています。

また、ボスニアの失業率は50%近いとされ(パレスチナのガザ地区とほぼ同水準)、経済はどん底で教育水準も低い。警察機構が22個に分かれるなど治安維持能力も脆弱(ぜいじゃく)。内戦の影響から武器の調達が容易で、今年1月のパリのシャルリー・エブド襲撃事件でもボスニア製の銃弾が使われた。…どこを見ても、原理主義的なアジテーション(煽動)やテロリズムが浸透しやすい下地が整っています。

疑問を抱いた子供たちが、大人となってISに共鳴しているという側面も否定できない

さらに、この地域のムスリム社会には、90年代のボスニア紛争やコソボ紛争で起きたムスリム虐殺を見捨てた国際世界に対する不信感も根強い。

内戦当時、ボスニアにはアラブ諸国から1千人近いムスリムの義勇兵が流入し、ボシュニャク人に過激な思想―「欧米の十字軍を倒して純粋なイスラムのカリフ制国家が全世界を治めるしかない」という陰謀史観まじりの義侠心を“教育”したといいます。あの頃、「なぜムスリムだけが無意味に殺されるのか」という疑問を抱いた子供たちが、今や大人となってISに共鳴しているという側面も否定できません

今後、バルカン半島でISの影響力がさらに強まっていくようなら、その先は欧州のみならず中央アジア、そして中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区へと飛び地的にジハーディズムが拡大していくことは想像に難くない。20世紀の人々が残した“宿題”は、我々が考える以上に難問だったのかもしれません。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)1963 年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。現在のレギュラーは『NEWSザップ!』(BSスカパー!)、『モーリー・ロバートソン チャンネル』(ニコ生)、『Morley RobertsonShow』(Block.FM)、『所さん!大変ですよ』(NHK)など