「自衛官の採用試験が“高倍率”であることを理由に『経済的徴兵制などはあり得ない』と言う人もいますが、他ならぬ自衛隊自身が強い危機感を持っている」と語る布施氏 「自衛官の採用試験が“高倍率”であることを理由に『経済的徴兵制などはあり得ない』と言う人もいますが、他ならぬ自衛隊自身が強い危機感を持っている」と語る布施氏

安倍政権の掲げる積極的平和主義の下、今年9月には集団的自衛権の行使を容認する「安全保障関連法」が成立。これにより、専守防衛が前提だった自衛隊の役割も大きく変わろうとしている。

そこで、にわかに注目を浴びるようになったのが「経済的徴兵制」という言葉だ。海外派遣のリスクが高まる中、必要な自衛官を確保するために格差拡大で貧困にあえぐ若者たちが「金」や「進学」と引き換えに戦場へと駆り出される時代は本当にやって来るのか? そもそも、命をかけて国を守るという大きな「責任」を誰が、どのように負うべきなのか?

アメリカやドイツで進む経済的徴兵制の現状や自衛隊の求人に関する資料などを示しながら、この問題に現実的な視点で鋭く切り込んだのが布施祐仁(ふせ ゆうじん)氏の『経済的徴兵制』だ。

―経済的徴兵制を意識したきっかけはなんだったのですか?

布施 この問題に興味を持つきっかけとなったのはイラク戦争です。以前、イラクから帰還した元アメリカ海兵隊員の方にインタビューしたことがあるのですが、その彼が軍隊に志願したのも、やはり貧困が原因でした。貧しい母子家庭に育ち、高校卒業後にエンジニアを目指したものの大学に進学する資金がない…。その夢を叶(かな)える唯一の手段が軍隊に志願して「奨学金」を得ることでした。

その結果、彼はイラクの戦場に送られ、現地の検問所で誤って罪もない子供たちを撃ち殺してしまったために帰還後もPTSDに苦しみ続けています。

海兵隊でリクルーターを務めた経験もある彼は、「貧しい若者たちを軍に勧誘するのは簡単だった。なぜなら彼らには他に貧しさから脱する方法がなかったから…」と語りました。それを聞いて、アメリカの戦争が社会的に選択肢を奪われた貧しい若者たちによって支えられているという現実を実感したのです。

―近い将来、日本でも現実のものとなるのか、あるいはすでに始まっているのか……というのが、この本のテーマですね。

布施 今の日本にはその可能性を高めるふたつの要因があると思っています。まずひとつは自衛隊に求められる役割の変化が人員確保に与える影響です。

ただでさえ、少子高齢化で自衛隊が「募集適齢」と呼ぶ18歳から26歳までの男子の人口が減り続けています。そこに今回の安保法制成立によって、集団的自衛権の行使をはじめ、自衛隊の海外での活動が大幅に拡大されました。

今後は自衛隊員が海外で米軍と一緒に武力行使を行なったり、「殺し、殺される」危険な任務に就く可能性も出てきたわけで、志願者が大幅に減少することも考えられます。実際、集団的自衛権行使の容認に踏み込んだ昨年の「閣議決定」の後、退職者が増え、また志願者も大きく減少しています。

現時点で自衛官の採用試験が「高倍率」であることを理由に「徴兵制などはあり得ない」と言う人もいますが、他ならぬ自衛隊自身が強い危機感を持っている。陸上自衛隊東部方面総監部の将来施策グループ・募集分科会は自衛隊の部内誌に寄せた論文の中で、「このまま対象となる若者の数が減ってゆくと近い将来、人材を必要数確保することができなくなるのではないかという危惧がある」としています。

自衛官が命をかけて守るべき「大義」がすり替えられた…

―もうひとつの要因は?

布施 格差拡大です。日本の雇用は改善しているといわれますが、実際に増えているのは「非正規」の雇用です。正規雇用は減っているというのが実情で、多くの若者は不安定で先が見えない生活に直面しています。

また、学費の高騰も深刻な問題で、今や四年制大学に通う学生のうち奨学金を受けている割合は52・5%(日本学生支援機構2012年度学生生活調査による)と、全体の半数を超えています。20年前の倍以上です。その奨学生たちが卒業時に背負う借金は平均300万円で、社会に出ても安定した雇用が保障されているわけではありません。

昨年、経済同友会の前原金一(かねいち)専務理事(当時)が、文部科学省による学生の経済的支援に関する検討会で、無職の奨学金滞納者に自衛隊でインターンをさせてはどうかと提案をして話題になりました。奨学金の返済困難者を自衛隊の求人と結びつけようという動きが出始めていますし、それ以前に経済的な理由で学びたくても学べないという人たちも増えている。

今後、非正規雇用がさらに増えて、若者の貧困が進めば、アメリカと同じように学ぶ機会や資格の取得と引き換えに自衛隊を選ばざるを得ないという傾向が強まるのではないかと思います。

―ただ、日本人の多くは自衛隊が国を守る上で「必要だ」と考えていて、その自衛官が将来、不足する可能性があるのなら、それはなんとかしなければならないというのも現実です。また、自衛官という、時には「命を賭(と)して」国を守る仕事を担ってくれる人たちにはそれなりの待遇やメリットを用意するのは当然で、決して「餌で釣る」ということではないのだという考え方もありますが…。

布施 もちろん、実際には自衛官の方々の多くが「経済的な理由」だけで自衛隊を選んだわけではなく、命をかけて国を守るという自分たちの仕事に誇りと責任感を感じています。実際、東日本大震災の被災地で活躍する自衛官の姿を見て、自分もあのように誰かを守りたいと感じて、世の中の役に立ちたいと感動して入隊した人たちも大勢いました。

ただ、そうした自衛官の方々が危険を冒して、自分の命までを賭しても「守りたい」と思っているのは日本という国であり、その日本に暮らす人たちの命や生活です。遠い海の向こうで同盟国アメリカの戦争に付き合わされて戦うことに命をかけるということではない。

ところが、自衛官の方々が命をかけて守るべき「大義」がいつの間にかすり替えられてしまった。日本経団連や経済同友会といった経済団体も「国益を守る」ために集団的自衛権の行使容認が必要だと明言していますが、つまり、自衛隊を海外での国益追求ツールとして活用しようとしているのです。

今後、格差がさらに拡大すれば、貧困で「選択肢」を奪われた若者たちの命が「自国の防衛」ではなくアメリカのために、あるいは「国益」を守るという名の下に行なわれる海外での戦争で「消費される」ことになりかねない。僕はそうした「不正義」こそ、経済的徴兵制の本質的な問題点だと考えています。

(インタビュー・文/川喜田 研 写真/有高唯之)

●布施祐仁(Fuse Yujin) 1976年生まれ、東京都出身。ジャーナリスト。『平和新聞』編集長。福島第一原発で働く労働者を取材した『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)にて平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)など多数

■『経済的徴兵制』(集英社新書 760円+税) 集団的自衛権の行使を容認する「安保関連法案」が成立し、徴兵制への懸念が高まっている。本書は、いわゆる強制的な兵役制度ではなく、格差拡大によって貧しい若者たちを自衛官にさせる「経済的徴兵制」が水面下で進行していると指摘。アメリカやドイツの例、自衛隊の現状を照らし合わせ、貧困に追い込まれる若者が金と引き換えに戦場に立たされる可能性と構造的な問題に迫る