取材後のことだ。佐渡島庸平氏はおもむろに段ボール箱を引っ張り出し、『宇宙兄弟』の大判カレンダーと売り出し中の作家の単行本を手渡してきた。「よかったら読んでみてください」ーー。ささやかな、しかし真心のこもった営業活動である。
彼は2002年に講談社に入社後、2年目で『ドラゴン桜』を立ち上げ、さらに『宇宙兄弟』を1600万部超の大ヒットに導いた敏腕マンガ編集者である。12年には同社を退社し、作家のエージェント会社「コルク」を設立。出版業界の常識を破る施策を次々と打ち出している。
つまり、業界を革新する起業家にして、地道な営業活動もいとわない一編集者だ。
そんな彼の仕事術、そして未来のエンターテインメント産業についての“仮説”を余すところなく語ったのが本書だ。自らが船頭となり、地図のないインターネット時代の大海を進む男の言葉は、ギラギラと光っていた。
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―まず初めに、コルクとは何をする会社なんでしょう?
佐渡島 作家のエージェントとして、著作権などを管理するとともに作家の価値を高めるための様々なプロモーションを行なう会社です。このエージェントという役割は、欧米では一般的なものですが、僕のやりたいことはそうした既存のものともまた違う。具体的には、インターネット時代にクリエイターが作品を生み出していける仕組みをビジネス面から構築していきたい。
そのためにインターネットをどう使っていけばいいのかということは世界中の誰もまだわかっていません。僕もわかっていない。ただ唯一知っていることは、インターネットの影響力はまだまだ増大するだろうということです。その使い方を模索する場としてコルクという会社をつくったんですね。
―現在、コルクに所属する多くの作家がツイッターやフェイスブック、公式HPなどで情報を発信しています。本の中にも書かれているように、ファンとの“接触回数”は数ヵ月に1回しか単行本を出せなかった時代より飛躍的に増大してますね。
佐渡島 そうですね。だから、今僕がやっていることは出版社にいた頃とは全く別世界の仕事です。かつては一球入魂で“これぞ理想の作品”というものを作っていたわけですが、コルクでは24時間365日を通じて“作家の生き方をネットで見せる”ということをしています。
そうすると、小山宙哉(ちゅうや・『宇宙兄弟』作者)のファンは彼が今、なんのおやつを食べているかっていうことまで知っている状態になるわけです(笑)。そうして毎日のように作家の情報に触れている読者は、たぶん10年たっても作家のファンでいてくれるんです。
―裏返せば、常に情報を発信し続けなければすぐに忘れ去られてしまう今の時代は、送り手にとって厳しい時代でもあるような気がします。
佐渡島 そうですかね? 逆に毎日努力しさえすれば、必ず評価される時代になったともいえるんじゃないでしょうか。昔はホームランを打たないと勝てなかったんですが、今の時代、コツコツ努力して勝てないことは絶対にないんです。
今うまくいってるネット系のサービスも、最初は赤字でも諦めずにやり続けてきたからこそ、結果を出せたものばかり。結局、お金をかけて一気にホームランを打とうとするより、コツコツ努力してる個人が勝つのが今のインターネット時代だと思います。
“遊び”を生み出せる人間が一番強くなる
―なるほど。コルクでは、小山宙哉さんのファンクラブも運営されています。現状は無料ですが、将来的には“ファンが作家を応援する仕組み”として課金も考えられているとか。
佐渡島 まず、ファンクラブはほとんどの所属作家に対して個別につくるつもりです。その上でどういうタイミングで課金すればファンに気持ちよくお金を払ってもらえるのか、ということを模索している途中です。
例えば、小山さんなら定期的に会報を届けることによってファンに満足してもらえるかもしれない。三田紀房(のりふさ・『ドラゴン桜』作者)さんなら、三田さんと実業界の方の講演会に参加できるということにお金を払ってもらえるのかもしれない。作家性に応じて、何をすればファンに満足していただけるのかということを考え、実行するのが僕らの考えるエージェントの役割です。
―今、コルクでやられていることは、既存の出版社が積極的にやってこなかったことばかりです。やはり、講談社にいらっしゃった頃は出版社の体制に窮屈さを感じていたんでしょうか?
佐渡島 いえ、全く。やりたいことはなんでもやらせてくれたし、働きやすいし、「なんていい会社なんだろう」と思っていました。結局、僕自身の発想が会社の枠を超えるようなものじゃなかったから不便さを感じてなかったんだと思うんですね。
でも作家エージェントの仕組みを思いつき、会社にかけあった瞬間、急に制限が出てきてしまった。それで独立したんですが、その頃の僕の発想の幅・大きさはというと、まあ小さかったですよ。事務所を借りるための50万円の費用でビビってましたからね(笑)。
孫(正義)さんが世の中を変えるために動かしてる数兆円っていう額からすると、カスみたいなもんです。今は1千万、2千万くらいのお金じゃビビんなくはなりましたが、本質的に新しい価値を世の中に広めるために、いかに自分の心、器を大きくしていくか…そういう“旅”のようなものとして、僕は会社経営をしているんだともいえます。
―本の中にも書かれていますが、佐渡島さんの考える世の中の新しい価値、来るべき社会とは“人々の関心が時間節約から時間消費へ移る”というものですね。
佐渡島 そうですね。現状でも、日本は飢え死にするような人がほとんどいない社会になっています。そしてこれからどんどん、食うために働かなくてもよくなってくる。そうなると、人は娯楽やフィクションをより求めるようになるし、そんな時代には“遊び”を生み出せる人間が一番強くなる。
キングコングの西野(亮廣・あきひろ)さんが、ハロウィン翌日のゴミ拾いをイベント化して大成功しましたが、あれは新しい遊びを創出したという点ですごく上等な楽しみ方だったと思う。コルクでも新しい作品の楽しみ方や出版のあり方を提案していきたいですね。
(取材・文/西中賢治 撮影/藤木裕之)
●佐渡島庸平(SADOSHIMA YOHEI) 1979年生まれ。中学時代の3年間を南アフリカで過ごし、ネルソン・マンデラ大統領の誕生という時代の大きな変化に立ち会う。帰日して灘高校に進学後、東京大学文科三類に入学。卒業後は講談社に入社し、『モーニング』編集部に10年間在籍した後、独立して「株式会社コルク」を創業。現在、同社代表取締役社長
■『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社 1300円+税) マンガ編集者として、数々の大ヒット作を送り出してきた著者。女性読者を獲得するために『宇宙兄弟』を400店の美容室に献本したエピソードなど自身の経験を織り交ぜつつ、インターネット時代におけるエンターテインメント産業についての展望を語る。また、自らの“仮説”を検証し、実行に移すための心構えも記す、優れた自己啓発/ビジネス書である