大阪・西天満にある名物店「靴のオットー」の歴代垂れ幕

「もうあかん やめます!」

「いや、やっぱりやります! どっちやねんセール」

店頭に閉店セールスの垂れ幕を掲げながら、25年以上もしたたかに営業を続けてきた名物店が2月20日、ついに店を閉じてしまった。大阪・西天満のオフィス街にある「靴のオットー」だ。

閉店するのか、しないのか。思わずクスッと笑ってしまう垂れ幕がお目見えしたのは、1990年前半のことだった。店主の竹部浅夫さん(74歳)が言う。

「その頃に起きた湾岸戦争後にバブル経済が崩壊。飛ぶように売れていた靴がピタッと売れなくなった。それでにっちもさっちもいかなくなって、『フセインさん もうやめてぇな』『もうあかん やめます!』と大書きした垂れ幕を軒下に吊るしてみたんや」

すると、人を食ったような洒脱(しゃだつ)なコピーが話題となり、あっという間に大阪の名物ショップになったのだ。

とはいえ、それで経営が好転したわけではなかった。「靴のオットー」の売り場面積は33㎡と、ワンルーム並みの狭さ。陳列してある靴も100足ほどで靴屋としては少なめだ。

この規模を見てもわかるように、なんとか倒産しないよう、細々と経営を維持できるほどの売り上げを確保できたにすぎなかった。

だがそれで、「もうあかん」と客を煙(けむ)に巻きながらも、20年以上も踏ん張れたのだから大したもの。一体、「靴のオットー」はどんな方法で生き延びてきたのか? すると、竹部さんが「あれのおかげや」と、店内のあるモノを指さした。…こ、これは!

「そう、シークレットシューズ。外見は普通の靴だけど、中底が高くなっていて、履くと身長が6㎝も高くなるんや」

実は竹部さんはいち早くシークレットシューズに目をつけ、関西で真っ先に発売を始めたパイオニアだったのだ。竹部さんが続ける。

「シークレットシューズだけやない。オリジナルのシークレット中敷(2、3、4㎝高)を開発・製造し、分厚い中敷を入れてもバレないような踵(かかと)の深い靴と2点セットで売り出したんや。両方ともヒットして、多い時は一日でシューズが30足、中敷と靴のセットが20足の計50足も売れたことがあったな。意外だったのは低身長の客だけでなく、背の高い客にもよく売れたこと。中には185㎝くらいの背格好の人もいた」

あの将軍様もシークレット愛用?

ちなみに、シークレットシューズはすでに商標登録されていたため、竹部さんは新たに「アップシューズ」と命名。「靴のオットー」では「アップシューズ」「アップシューズ中敷」の製品名で販売されているという。竹部さんが胸を張る。

「ワシはシークレットシューズの専門家。今では立ち姿を見ただけで、履いているかどうか見極めることができる」

オットーの売れスジ商品のシークレット中敷とアップシューズ

ならば、有名人でこっそりこうしたシューズを愛用している人を教えてとリクエストしてみると、こんな答えが。

「それは言えん。叱られてしまうがな(笑)。ただ、外国の人やったら構わんやろ。ほれ、北朝鮮の故金正日(キム・ジョンイル)総書記。あの人は確実に履いとったな」

女子プロレス界きっての悪役、アジャ・コングが突然来店したことも印象に残っているという竹部さん。

「あっ、怖い女レスラーが来たと身構えたんやけど、意外にも物静かな人やったから拍子抜けしたもんや。買うたのは普通の靴やったけど」

閉店の理由は高齢の竹部さんが体調を崩し、店に立つことが難しくなったからとか。「閉める」と宣言しながら、さっぱり実行する気配がなかったから、「靴のオットー」は面白かった。それが本当に閉店するなんてシャレにもならない。大阪の名物がまたひとつ消えた。

最後の営業日に花束を渡され涙ぐむ竹部さん

(取材/ボールルーム)