「こんなはずじゃなかった! 話が違う!!」ーー。
実態とは異なる“甘い労働条件”を提示した求人票にダマされる人が急増している。法律があっても取り締まれない、その卑劣な手口とは!?
■基本給を10万円以上偽っていたケース
ハローワークや求人サイトに出す求人票には「基本給30万円」といった好条件を提示しておきながら、実際の待遇は全く違う。そんな「求人詐欺」が急増しているという。
実際、厚生労働省に「ハローワークの求人票と契約時の労働条件が違う」と寄せられた相談件数は、2012年度が7783件、13年度が9380件、14年度が1万2252件と右肩上がりだ。
ブラック企業被害対策弁護団の代表である佐々木亮弁護士に、蔓延(まんえん)する求人詐欺の実態について聞いた。
「今はまだ係争中の案件ですが、例えば、運送会社A社の場合は、基本給を10万円以上も偽っていました。A社がハローワークに出していた求人票では『基本給』が『28万円から35万円』となっているのに、入社時にサインを求められる雇用契約書(下記写真参照)には『月給』『23万円』と記されています。さらに、よくよく雇用契約書を見ると、実際の基本給は17万4144円という非道な給与体系となっています」
そんなブラック企業なんてすぐに辞めればいい! そう思うかもしれないが、せっかく手にした正社員の仕事を失いたくないという気持ち、職歴に傷がつくことへの不安などから、泣き寝入りして勤務し続ける被害者は若者を中心に少なくないという。
「最初の募集時には基本給30万円とうたっていたにもかかわらず、実際は基本給15万円だったという事例もあります。差額の15万円分は『固定割増手当』(固定残業代)ということで、無制限に残業をさせられたそうです。
このような極めて悪質なケースでも、ハローワークなどに出ている求人票の段階では、詐欺かどうかの見極めが非常に難しい。そこが問題を根深くしている要因といえますね」(佐々木氏)
条件が良すぎるところは疑ったほうがいい
では、対抗策は何もない?
「強(し)いて言うなら、まず条件が良すぎるところは疑ったほうがいい。あとは会社では雇用契約書にサインせず、一度、家に持ち帰りましょう。もし雇用契約書を持ち帰ることに会社側が難色を示すようなら求人詐欺の可能性が高いです。そして自宅で給与欄などをくまなくチェックしてください。雇用契約書には会社側の真意が書いてありますので。
ただ、中には『基本給(固定残業代含む)』のような紛(まぎ)らわしい書き方をしている場合もあるので注意が必要です。いずれにしても、雇用契約書にサイン、捺印をしていると、法律的にはその契約に同意していたと見なされ、かなり不利になります。くれぐれも慎重にチェックしてください」(佐々木氏)
■取り締まる法律はあっても機能せず
そもそも、なぜ求人詐欺は急増しているのか? その理由を労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」代表の今野晴貴(こんの・はるき)氏に聞いた。今野氏は3月15日に最新刊『求人詐欺』(幻冬舎)を上梓(じょうし)する予定だ。
「まずは固定残業代という制度が広まったことが大きいですね。あらかじめ残業代を定額で決めておくというもので、ブラック企業は、この固定残業代を含めた額をあえて『基本給』として求人票に記載しています。あとは慢性的な人手不足も要因。人員が足りないのであれば普通は高給を払って人を雇うわけですが、昨今は人手不足だからこそダマして安く雇おうとするモラル皆無の企業が増えているんです」
でも、それって誰がどう考えても法律違反。なぜ、ブラック企業が好き勝手にできてしまうのか?
「もちろん法律はありますが、一切機能していないのが実情です。職業安定法65条では、『虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して職業紹介、労働者の募集若もしくは労働者の供給を行った者、又はこれらに従事した者』に罰則を与えるとあります。
ですが、問題は“ダマす意思があったかどうか”を立証するすべがないこと。求人詐欺をしたブラック企業が、『求人票を出した時とは事情が変わり、給与体系を変更せざるを得なかった』という論法でくると確実に立件できない。法律はあっても、誰も取り締まれないんです」(今野氏)
ダマすつもりはなかったとは、なんと姑息(こそく)な言い分!
現在の労基署の態勢では対応しきれない
だが、前述のように14年度だけでも1万2千件超の労働相談が厚労省に寄せられている。政府や行政も手をこまねいているわけではない。
「昨年12月25日、厚労省は『青少年雇用促進法』に基づき、法令違反を繰り返す企業からの求人をハローワークで受け付けないという新制度を発表。“ブラック企業求人の締め出し”と好意的に報道されました。確かに、この施策は求人詐欺を減らす第一歩としては評価できます。でも、実効性は不十分だと言わざるを得ません」(今野氏)
この新制度は、労働基準法違反で1年間に2回以上是正指導を受けると、ハローワークが求人票を受理しないというもの。つまり、被害者の告発などによって違反の実態が明らかになれば、その企業にペナルティが与えられることになるわけだが…。
「ひと言で言うと、ハードルが高すぎる。というのも、労働基準監督署の監督官の人数が圧倒的に不足しているんです。東京23区内でも100人程度ですからね。そのため、違反ではないかと報告のあった企業をすべてチェックすることなど絶対に不可能。
それでいて1年間に2回以上の是正指導が必要ということではほとんど“ザル”状態。残念ながら、詐欺求人を出した99%以上の企業を摘発できないと思います」(今野氏)
現在の労基署の態勢では到底、応しきれないというわけだ。
「実際に被害者が出てから動くという時点ですでに後手なわけですが、後手に回って違反の疑いが強いとなってもすべては調べられない」(今野氏)
では、求人詐欺に遭い、不覚にも契約を交わしてブラック企業に入社してしまった場合、どのように対処すればいいのだろうか?
「なるべく早く、然るべき団体に相談してください。相談先は私が代表を務めるPOSSEや『総合サポートユニオン』といった求人詐欺対策に精通した団体でもいいですし、ブラック企業被害対策弁護団や日本労働弁護団に所属する弁護士さんに相談してもいい。これまでに数百万円単位の額を、本来の給与として全額被害者に支払わせることに成功したケースも多々ありましたので、決して諦めないでほしいですね。
ちなみに、一概には言えませんが、飲食、小売り、介護、不動産、ITといった業界で求人詐欺が多いです」(今野氏)
法律や行政はいまいち頼りない。求職する際はくれぐれもご注意を!
(取材・文/昌谷大介[A4studio])