警察が強大な権力を持ち、国民を監視する「警察国家」への道を歩んでいるように思えてならないのです 警察が強大な権力を持ち、国民を監視する「警察国家」への道を歩んでいるように思えてならないのです

「どこで写真を撮りましょうか」と聞くと、「じゃ、北海道議会の前で」と即座に答えが返ってきた。『警察捜査の正体』の著者・原田宏二氏にとっては思い出深い場所だ。

2004年2月、北海道警察の組織的な「裏金づくり」を実名告発したのに続き、3月には道議会で証言した。釧路方面本部長(他県では警察本部長クラスにあたる)まで務めた元道警最高幹部の詳細な証言は、地元・北海道だけでなく、全国に大きな衝撃を与えた。

それから12年。原田氏は全国各地を回って警察の実態を説き、違法捜査の被害者が国家賠償を求める裁判などを支援してきた。警察の権限がさらに拡大されようとする今、我々が知っておくべきことは何か。氏を直撃した。

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―この本を書いた理由はどこにあるのでしょう。

原田 15年8月、捜査の権限を大幅に拡大する刑事訴訟法の改正案などが衆議院で可決しました。被疑者が他人の犯罪を明かした場合、求刑を軽くしたり、起訴を見送ったりする「司法取引」の導入や、通信傍受(盗聴)の対象となる犯罪を広げたりするものです。

実は、これだけでは終わりません。通信傍受は捜査員が通信事業者の施設でその社員などの立ち会いのもとで行なうものですが、改正されると警察署などで立会人なしでできるようになります。

さらに、容疑者宅に直接、盗聴器を仕掛ける「会話傍受」なども可能にしたいと捜査当局は考えています。犯罪計画を話し合っただけで処罰する「共謀罪」の導入なども視野に入っています。

―何が問題なのでしょう。

原田 こうした刑事司法の改革は、取り調べの録音や録画、つまり「可視化」など冤罪(えんざい)を防ぐための議論からスタートしたはずです。しかし、可視化について検察や警察は消極的で、対象となる犯罪は非常に限定されてしまいました。

一方、犯罪の認知件数は02年をピークに毎年10万件単位で減り続けている。日本は先進諸国の中でも「安全な国」なのに、なぜ捜査権限ばかり拡大しようとするのでしょう。

本来、警察の仕事は「起こった犯罪を捜査する」ことです。しかしそれが「将来発生するかもしれない犯罪まで捜査する」ものへと変貌しようとしているのです。警察が強大な権力を持ち、国民を監視する「警察国家」への道を歩んでいるように思えてならないのです。

―われわれ市民はそれを知っておくべきだと。

原田 この本を書く間、ずっと考えてきたことは「警察とは一体なんだろう」ということです。私の現職時代、しつこく叩き込まれてきたのが「警察権の限界」という考え方です。簡単に言うと、警察には被疑者を逮捕するなど強大な権限が与えられているため、その権限の行使には慎重さが求められるということです。

ところが最近、警察学校で使われている教科書を読む機会があり、「えっ」と驚いてしまいました。そこには警察権の限界を否定するような記述があったのです。警察がなんでもできる時代になろうとしている。これをぜひ、読者に知ってもらいたいのです。

警察とはいったいなんだろう…

―近頃の犯罪捜査は監視カメラの映像やNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)の画像を集めるところから始まるといわれるようにもなりました。

原田 科学技術の進歩やデジタル時代に適応した捜査は大切でしょう。しかしながら、安易に監視カメラの映像に頼ることは危険ですし、誤認逮捕も起きている。裁判所の令状もないのに、捜査対象者にGPS端末をつけて行動を追跡する捜査手法に対して、「プライバシーを侵害する重大な違法捜査」と認定した裁判例もあります。

問題なのは、こうした科学捜査が優先されるあまり、現場の捜査能力がどんどん衰えていることです。以前は「現場百遍」といわれ、とにかく事件現場に足を運び、聞き込みをしたものです。初めて会う人とどうやって話をし、捜査に協力してもらうか、非常に苦労しました。人間関係を徐々に築くことで、被疑者検挙につながる情報を得ることができたのです。

―警察官が人との関係を築けなくなっていると?

原田 そうだと思います。それが表れているのが取り調べです。被疑者とうまくコミュニケーションをとれず、強圧的、暴力的な取り調べで自白させようとする。これが冤(えん)罪を生み出す要因のひとつになっています。

―そんな警察捜査の問題点を棚上げにして、権限ばかりを拡大しようとしていると。

原田 今でも警察内部の運用基準や規則があるだけで、法律に規定されていない捜査、いわば「グレーゾーン捜査」が横行しています。例えば、最近、被疑者を特定するためによく使われているDNA鑑定がその典型です。DNA情報は個人を識別するための「究極のプライバシー」です。その採取やデータベースへの登録などについては法律できちんと定めるべきですが、「DNA型記録取扱規則」という警察内部の規則があるにすぎない。これでは適正に運用されているのか、外部からチェックすることができません。

こうしたグレーゾーン捜査は現場の警察官の心をむしばんでいるのではないでしょうか。「自分たちのやっていることは法律で認められていないグレーなことなんだ」という意識を現場に植えつけ、「法の執行者」としての「誇り」を奪っているのではないかと。警察官の不祥事が後を絶たず、殺人まで犯すようになっていることとも無縁ではないでしょう。そんな警察の権限強化は危険です。

―どうすれば警察組織がよりよいものになるのでしょうか。

原田 警察に対する様々なチェック機能が失われている現状では、市民がまず警察の違法な捜査から身を守る術を身につける必要があります。それが本書の最後に書いた「市民のためのガイドライン」です。警察官の職務質問は任意で、基本的に応じる必要はない。取調室に入ったらICレコーダーなどでやりとりを録音する。逮捕されていない限り、写真撮影や指紋採取に応じない、DNAを提出しない―。

市民がこれらを広く実践するようになれば捜査は非常にやりづらくなります。警察はそこでようやく自らの捜査のやり方がおかしいと気づくはずです。それが市民の目線に立った警察という「原点」に立ち返ることにつながるのです。今がその最後の機会かもしれない。本書は私の「遺言」ともいうべきものです。

(取材・文/西島博之 撮影/亀谷 光)

●原田宏二(HARADA KOUJI) 1937年生まれ、北海道出身。57年北海道警察に採用され、道警本部機動捜査隊長、防犯部生活課長、警務部警務課長、旭川中央署長などを歴任。75年に警察庁に出向。山梨、熊本県警では捜査2課長を務めた。95年、釧路方面本部長(警視長)で退職。04年2月、道警の裏金づくりを内部告発し、3月には道議会で証言した。著書に『警察内部告発者』(講談社)、『たたかう警官』(ハルキ文庫)、『警察崩壊』(旬報社)などがある

■『警察捜査の正体』(講談社現代新書 840円+税) 監視カメラなどの映像を使ったデジタル捜査、DNA鑑定による科学捜査全盛の時代。それが誤認逮捕や冤罪を生み出してもいる。「人と人のつながりが捜査の基本」。それを忘れたままの警察組織でいいのか。現職時代、長年にわたって犯罪捜査に従事し、警察の裏表を知り尽くした元最高幹部が、警察の歴史や関連する法律、犯罪統計などのデータを多用し、警察捜査の「正体」をあぶり出していく