福島県で甲状腺がんが多発している。福島原発事故後に始めた検査で、現在までに166人ががん、もしくはがんの疑いと診断され、これからも人数が増えていくのは確実な情勢だ。
県は放射線被曝(ひばく)と発症の因果関係を認めていないが、その根拠をめぐっては専門家からも疑問の声が上がっている。福島で起きている甲状腺がん発症が原発事故由来なのかどうかを徹底検証するーー。
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福島第一原発事故以後、県は当時18歳以下だった約38万人の県民を対象に甲状腺検査を続けている。1986年に起きたチェルノブイリ原発事故では、地元周辺で甲状腺がんが多発した。福島でも同様のことが起きる可能性があるため、子供たちの健康を長期的に見守るための検査だ。
その検査で甲状腺がんが多数見つかっている。2011年10月から2014年3月まで実施した「先行検査」と、2014年4月から継続中の「本格検査」を合わせると、現在までに甲状腺がんかその疑いがあると診断されたのは166人に上る。 甲状腺がんは大人の女性に多い病気で、子供がかかるのは100万人に2~3人程度といわれる。つまり、福島では146倍から218倍という高い確率で発症していることになるのだ。
甲状腺とは、「喉仏(のどぼとけ)」の下にあるチョウの羽を広げたような形をした臓器。ここから体の新陳代謝や成長ホルモンを促す甲状腺ホルモンが分泌される。甲状腺がんの約9割はがん細胞の形が乳頭に似た「乳頭がん」と呼ばれるもので、進行が遅く、手術後の経過もよいとされる。
甲状腺がんの原因のひとつとされるのが被曝だ。特に原発事故や原子爆弾から放出される放射性ヨウ素は、甲状腺がホルモンをつくる際に材料となるヨードと勘違いして吸収され、がんの原因になる。このため、原爆が落とされた広島や長崎では周辺の住人に甲状腺がんが多発し、チェルノブイリ原発事故後も患者が急増した。
こうした理由から県は甲状腺検査を始めたはずなのに、166人という異常な多発を目にしても、いまだ被曝の影響を認めていない。
「(甲状腺検査を行なう県民健康調査の)検討委員会においては、これまでに検査で発見された甲状腺がんについては、放射線の影響とは考えにくいとの評価で一致していると受け止めています」(福島県の県民健康調査課)
その検討委員会の星北斗(ほくと)座長は、放射線の影響を完全に否定はしないというものの、「わかっている範囲で現時点では考えにくい」と影響を認めることに消極的。検討委が3月末にも出す中間とりまとめでも「数十倍多い甲状腺がんが発見されている」としながら、原因については「放射線の影響とは考えにくい」との見解を盛り込む予定だ。
検討委の見解を覆すデータが判明!
検討委が被曝との因果関係を考えにくいとする理由は、「県内の地域別発見率に大差がない」「チェルノブイリと違い、当時5歳以下からの甲状腺がんの発見がない」「チェルノブイリ事故に比べて被曝線量が少ない」などだ。
つまり、チェルノブイリで甲状腺がんが大量発症した時の状況と違うから、福島は放射線での影響ではないというのである。その代わりに多発の原因として挙げているのは「過剰診断」。要するに、いずれ発症するがんを検査で先に見つけたり、放置しても問題ないがん細胞をがんと診断したりするから多数発見されているというのだ。
だが、こうした検討委の考え方には、専門家からも異論が出ている。
環境疫学を専門とする岡山大学の津田敏秀教授は、検討委の「県内の地域別発見率に大差がない」との指摘に「地域によって数倍ほど発見率が違う」と反論する。
県はエリアを大きく4つに分けて発生率を分析した結果、地域別発見率に大きな差がないとする。だが、津田氏は県の先行検査のデータを使い、県内を9つにエリア分けして分析すると、子供の甲状腺がんの発生率が地域ごとに異なり、だいぶ高いエリアもあることがわかった。
「発症率が全国平均で100万人に年間3人といわれる水準と比べた場合、福島市と郡山市の周辺で約50倍にも上がりました。また、地域によって検査時期が最長で2年半近くも違うため、分析に補正をかけたところ『量―反応関係』がよりはっきりしました」
「量―反応関係」とは、被曝が多くなれば甲状腺がんの発生率が高まる傾向にあるという意味だ。ただし、空間線量が高い浪江町(なみえまち)や飯舘村(いいたてむら)などの地域は検査も早く始まった分、がんもまだ小さく見つかりにくかった。その分を計算で補正した結果、浪江町、飯舘村、大熊町(おおくままち)などを含む地域では約30倍となることがわかったというのだ。
●明日配信予定の後編では、さらに国や県にとっての不都合な?客観データを示しつつ、原発事故と甲状腺がんの因果関係を検証していく。
(取材・文/桐島瞬)