「東京って大きすぎるので、西側の人たちはスカイツリーが東京のシンボルだっていう認識があんまりないんですよ」と語る速水氏

常に更新され続ける都市・東京―。世界に類のないこの不思議な都市を論じた2冊のユニークな本が相次いで出版された。『東京β』『東京どこに住む?』だ。 

「2冊続けて本出すってきついんだなあ」と苦笑交じりに作業を振り返る著者の速水健朗(はやみず・けんろう)氏に、東京を論じる方法と意識を語っていただいた。

―同時進行で制作されたふたつの東京論は、互いにどのような関係があるのでしょうか?

速水 『東京β』のほうは、ここ20年の東京という都市の変化に注目しています。東京湾岸などのウオーターフロントの目に見えてわかる変化を、その土地を舞台にしたドラマや映画を批評しながら読み解くという趣旨です。くまなく東京を語ったわけではなく、結果的には、渋谷や秋葉原が語られない東京論になっています。

一方、『東京どこに住む?』のほうは、「住む場所」としての東京について考えた本です。最近、引っ越しをしたという人にも大量に話を聞いたし、さらに人口統計、不動産業者、都市計画の専門家などに取材しました。かつて、郊外化の時代には「閑静な住宅地」に人は住むものだというのが常識になっていましたが、現在は「にぎやかな街」の人気が高い。こういった、住む場所のルールの変化について掘り下げています。

この2冊は、全く違った趣旨の本ですが、結果的にリンクしているし、合わせてひとつの東京論にもなっていると思います。

―『東京β』には映画、マンガ、さらには音楽まで、様々なジャンルの作品が登場しますが、選ぶ基準はなんだったのでしょうか?

速水 東京を舞台にした作品は膨大にあります。その中で、東京の問題点を批評的に取り上げている作品を意図的に選びました。深川出身の宮部みゆきだったら、自分の生まれ育った下町が変わってゆくことに対する危機感をテーマにタワーマンションの話を書いています(『理由』)。小説なんですけど、きちんと東京論としても読めます。『東京β』は、そういう「東京論」になりうる批評的なフィクションを集めた東京論「集」になっているんです。

―近年の東京の大きな変化としては4年前のスカイツリー完成がありますが、本書では「スカイツリーが何を象徴する存在になるのか。それを見出すにはまだ少し時間を要するだろう」と書かれています。

速水 もちろん、スカイツリーが出てくる作品はあるんですよ。でも語りたいと思うほどのものはない。そもそも、スカイツリーが自分たちのシンボルだと思える人って少ないんです。例えば、『東京どこに住む?』では、中央線沿線住民について書いていますが、彼らが抱える「住民意識」の中に「スカイツリーに興味がない」という特徴があるんです。

―ああ、なるほど。言われてみるとだいぶ距離がありますね。

速水 東京って大きすぎるので、西側の人たちは、スカイツリーが東京のシンボルだっていう認識があんまりない。東京は西と東に大きく分断されています。例えば、オリンピックに対しても東西で対照的な意見が目立つ。東の人は割と好意的なんです。自分たちが湾岸地域をはじめ、開発されている街に近いからでしょう。一方、西の人は観光客が増えたらイヤだなあくらいの感じですよね。「都市保守層」が西側に多い。

スカイツリーは何を象徴するのか?

―オリンピックといえば、『東京β』では1964年の五輪に触れて、これを境に「外国人観光客から見た東京という意識」が生まれたと書かれていますが、今度のオリンピックは観光都市としての東京にどのような変化をもたらすとお考えですか?

速水 去年は約2千万人の訪日外国人観光客が来ましたが、この数字はもともと2020年までの目標数でした。しかし、外国から観光客が押し寄せて、5年も前倒しで実現してしまった。正直、もうオリンピックなんてやらなくたって、観光客は十分足りているんですよ。

ちなみに、歴史をさかのぼると、東京が「観光都市」という自意識を初めて持った時期が、まさに東京オリンピックが開催された64年前後のことなんですよね。例えば、65年に公開された『ガメラ』は、実は観光映画なんです。旅客ターミナルが拡張された羽田空港を皮切りに、東京タワー、首都高、新幹線とできたばかりの東京の施設をガメラはがんがん壊していくんですけど、この時にたどったルートは、67年の『南太平洋の若大将』で加山雄三がハワイから来た前田美波里を観光に連れ回すコースとほぼ一致します。

―では最後に、東京を論じるにあたって心がけていたことがあればお聞かせください。

速水 東京論って、振り返ってみても、ずっと流行(はや)っているんですね。ただし、現代の東京に過去の面影を見いだすという形式のものに限られている。例えば、『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』は、過去の東京に思いをはせながら、東京の街を歩いたりしますよね。古地図散歩系もずっと人気がある。

最近だと、東京スリバチ学会みたいな、地形を楽しむものも流行っている。これも、今の東京ではなく、その下敷きになる過去の土地と都市の関係について考えるという趣旨です。さらに、中沢新一の『アースダイバー』になると、歴史といっても、1万年もさかのぼってしまいます。逆に言えば、今現在の東京を見るというのは、全く流行っていない。『東京β』『東京どこに住む』では、限りなく「今の東京」を論じたつもりです。

でも考えてみると、同時代の東京を語るという試みは、80年代で終わっているのかもしれないですよね。当時は田中康夫や泉麻人といった人々が、東京について小説やエッセイをたくさん書いていた。あと、僕が好きだったのは荒俣宏の『帝都物語』です。あれは、平将門が何度も東京を壊す話ですけど、現代・未来まで描いたという意味においては、同時代の東京を舞台にした作品でもあるんです。

ちなみに、もう90年代に入っていましたが、僕が18歳で東京に上京してきた頃は、田中康夫と荒俣宏の小説に出てくる東京の場所を訪ねることで東京観光をしていました。あれ、でもなぜか『東京β』では彼らの作品を取り上げなかったんですよね…。あまりに、自分の体験に近すぎて、論じきれなかったんだろうなあ。

(取材・文/前川仁之 撮影/山上徳幸)

●速水健朗(はやみず・けんろう)1973年生まれ、石川県出身。ライター、編集者。コンピューター誌の編集を経て現在フリーランスとして活動中。専門分野はメディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など。TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』にレギュラー出演中。著書に『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書、2008年)、『都市と消費とディズニーの夢』(角川oneテーマ21、2012年)など

■『東京β 更新され続ける都市の物語』 筑摩書房 1400円+税湾岸再開発、観光都市化、2020年東京オリンピック…。様々な要因が複雑に絡み合い、常に目まぐるしく更新され続ける大都市・東京。本書は、東京を題材にしたフィクション作品から、その大激変の全貌を読み解こうとする画期的な都市論だ。懐古趣味的な東京論ではなく、あくまで「今の東京」と向き合った一冊