アジア各地に続々と麻薬の製造拠点が誕生し、そこから欧米に“粗悪品”が拡散――。
世界の"麻薬地図"は今、まさに激変の時を迎えている。もちろん、日本人も無関係ではいられない!
『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが語る。
■過去の常識はまったく役に立たない
人間の欲望というものは底が知れず、いくら危険だとわかっていても「冒険したい」と一歩を踏み出してしまう人はどの社会にも一定の割合で現れます。すべての危険を排除する! ダメ、ゼッタイ!……道徳の標語としてはいいかもしれませんが、実際は夢物語にすぎません。
日本では元プロ野球選手・清原和博さんの覚醒剤問題が世間を賑(にぎ)わせましたが、今、世界中で「それどころじゃない」レベルの薬物汚染が急拡大しています。コカイン、ヘロイン、そして何よりMDMAなどの合成麻薬。もはや国連でさえ、これを根絶することは難しいと認めている。リスクコントロールをしながら、社会全体として「うまく付き合っていく」しかないというのが実情です。
批判を恐れずに言うならば、ひと口に「麻薬」といっても、比較的軽いものと、本当に手を出してはいけないものがあります。例えば、“ソフトドラッグ”と呼ばれる大麻は世界各地で合法化の動きが活発化。アメリカのコロラド州、ワシントン州、オレゴン州、アラスカ州では、すでに嗜好(しこう)品として個人使用が認められていますし、ウルグアイでも栽培・使用が合法化済み。来春にはカナダでも合法化される見通しです。
しかし、その一方で、どのような社会でも倫理的に止めなければいけない薬物もあるーーそれが新種の“死を呼ぶ合成麻薬”です。
2000年代後半以降、世界の“ドラッグ地図”は大きく変貌しており、過去の常識は通じません。特に合成麻薬はまさに日進月歩で進化を遂げ、常に新種が出回るため、その危険性が知れ渡る前に広く蔓延(まんえん)してしまう。
日本のメディアでは、新種の合成麻薬を“危険ドラッグ”とひとくくりに呼ぶこともありますが、あれがすべて覚醒剤より安全だと思っていたら大間違い。覚醒剤やヘロイン、コカイン、LSDといった“古典的な麻薬”は何十年にもわたって多くの人々が使用してきたため、危険性や対処法に関しても人類としてある程度の「知見」が蓄積されています。しかし、新種の合成麻薬には、それがまったく通用しないのです。
使用を止められない、せめて死なないでくれ…
一例を挙げるなら、数年前にアメリカなどで流行した「バスソルト」。これを使用した人はしばしば非常に暴力的になり、またゾンビのような状態になるため“ゾンビドラッグ”とも呼ばれます。2012年、米マイアミ州でバスソルトを使用したとみられる全裸の男がホームレスの男性を襲い、顔面の一部を食いちぎった「マイアミゾンビ事件」で、その存在は一気に知れ渡りました(その後、バスソルトは日本にも上陸)。
バスソルトが落ち着いたと思ったら、今度は昨年あたりから「フラッカ」の流行が大きな問題になっています。これもバスソルトと同じカチノン系の薬物で、異常行動を誘発し、死に至ることも少なくない。米フロリダ州では昨年、フラッカ使用者の死亡が数十例確認されています。フラッカの取引価格はコカインの15分の1程度とされ、「5ドルの狂気」「コカインより危険でビッグマックより安い」などと報じられました。
また、MDMA、いわゆる「E(エクスタシー)」に類する錠剤合成麻薬の“粗悪品”の蔓延(まんえん)もとどまるところを知りません。1980年代から90年代にMDMAが流行した頃は、妙な言い方になりますが、きっちりした品質の“ブランド”があった。
ところが最近は、通称“スーパーマン”“マスターカード”など、数々のネーミングで安価な錠剤が流行。これらは品質が一定せず、なかには体に入れたら一発で激烈な症状を引き起こす物質が混じっていることも多い。気軽に手を出した若者の死亡例も後を絶ちません。
最近、イギリスやオランダのクラブでは、客の持っているブツが純度の高いものか、それとも混ぜ物の入った危険度の高いものかを検査するキットが置かれていることもあるようです。もはや使用を止めることはできないが、せめて死なないでくれ…という苦肉の策です。
■中国の台頭で“麻薬地図”が激変
こうした安価なドラッグの世界的蔓延の背景には、中国という“新興生産国”の台頭があります。違法業者のみならず、時には中国共産党関係者のファミリーがビジネスとして覚醒剤や合成麻薬を大量に密造し、それを世界中の“顧客”に売りさばいている。数年前、中国広東省の製造拠点が摘発された際には、覚醒剤約3t、原料約23tが押収されました。規模感がケタ違いなのです。
近年のヤバい合成麻薬は、かなりの割合が中国で製造されたか、あるいは中国内から原料が提供されたといわれます。前述のフラッカなどはほとんどが中国産で、複数の中国企業が「フラッカを自宅へ直接送り届ける」とネット上でうたっていたほど。ユーロポール(欧州刑事警察機構)は「中国は欧州の麻薬の問屋になりつつある」と名指しして批判しています。
日本だけが“潔癖”なんて夢物語
さらに、最近では中国を追ってインドも“生産力”を上げており、メキシコの巨大麻薬密輸組織「シナロア・カルテル」はフィリピンや中国に拠点を構えた(フィリピンの次期大統領に過激な言動が目立つロドリゴ・ドゥテルテ氏が選ばれたのも、カルテルへの強硬姿勢が評価されたからでもあります)。違法薬物の製造拠点は、残念ながら中国のみならずアジア各地に広がりを見せているのです。
こうした現状を考えれば、日本だけが“潔癖”でいられるというのは夢物語です。「ダメ。ゼッタイ。」というばかりで、麻薬に関する具体的な知識、現実を見据えた議論がなされないまま、暴力団が流通を取り仕切る新種の合成麻薬が水面下で蔓延していく--これが最も無責任、かつ危険なシナリオであることは言うまでもありません。
数ある違法薬物のなかで、本当にやってはいけないものは何か。それはどんな結果を生むのか。それでも来るべき“流行”とどう向き合えばいいのか--。堂々と議論する時期が来ています。無鉄砲な若者たちが、なんの知識もないまま、覚醒剤よりはるかに手軽な“死を呼ぶ麻薬”に飛び込んでしまう前に。
●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン) 1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。レギュラーは『ユアタイム』(フジテレビ系)、『NEWSザップ!』(BSスカパー!)、『モーリー・ロバートソン チャンネル』(ニコ生)、『Morley Robertson Show』(block.FM)、『所さん! 大変ですよ』(NHK)など