北朝鮮の駐イギリス公使一家の韓国亡命が明らかになったのは8月17日のこと。韓国紙の東京特派員がこう驚く。
「メガトン級の亡命。金正恩(キム・ジョンウン)政権のダメージは甚大です」
亡命したテ・ヨンホ公使は駐イギリス大使館のナンバー2。韓国統一省によると、これまで脱北した北朝鮮の外交官のなかで最も高位の人物だという。
「テ公使はデンマーク大使館書記官、EU担当課長などを歴任した対ヨーロッパ外交のスペシャリスト。夫人は故・金日成(キム・イルソン)主席と一緒に抗日パルチザン闘争をした呉白竜(オ・ベクリョン)元国防副委員長の一族で、テ一家は金正恩王朝を支える北朝鮮の核心層です。金一族からの信任も厚く、金正恩委員長の兄である金正哲(キム・ジヨンチヨル)氏がロンドンでエリック・クラプトンの公演をお忍び鑑賞した際にも同行しています」
その超エリートがあっさりと金正恩政権を見限ったのだ。そのダメージを北朝鮮情勢に詳しい『デイリーNK』東京支局長の高英起(コウ・ヨンギ)氏が語る。
「朝鮮労働党の元中堅幹部から聞いた話ですが、金正恩政権になって出世を望まない官僚が増えているそうです。理由を聞くと、『出世すると金正恩と接触する機会が増え、粛清されるリスクも高まる。現状維持が一番だ』と言っていました。それほど、金正恩は恐れられ、嫌われている。先月にもロシア駐在の3等書記官が亡命したばかり。政権を支えるエリート層がこの体たらくでは、金正恩政権の弱体化は避けられません」
気になるのは亡命した外交官が、多額の“現ナマ”とともに姿を消すケースが目立つことだ。高氏が続ける。
「度重なる核実験やミサイル発射で、北朝鮮は国際社会から経済制裁を受けており、海外の銀行口座を凍結されている。そのため、決済は現金で行なわれることがほとんどで、北朝鮮の商社マンや外交官は多額の現ナマをカバンに詰めて持ち歩くことが日常の光景になっているんです」
今回、亡命したテ公使は約580万ドル(約5億8千万円)の秘密資金を持ち出したとされている。これでも多額だが、今年6月に失踪した金一族の秘密資金を管理する「朝鮮労働党39号室」のヨーロッパ支局の総責任者が持ち出した額はもっとすごい。なんと、4億ドル(約400億円)とされているのだ。
金一族は秘密資金を蓄財?
本当に金一族は多額の秘密資金を海外に隠し持っているのか? 金正恩委員長の異母兄・正男(ジョンナム)氏と北京で会ったことがあるという西側の報道関係者がこうささやく。
「金一族はスイスやシンガポールなどの秘密口座に多額の資金を隠しているとされています。その額を米情報筋は約40億ドル(約4千億円)と見積もっています。それが事実だとすれば、39号室の欧州支局の総責任者が管理していた秘密資金が4億ドルだったと聞いても違和感はありません」
この関係者は金正男氏と接触後、代理人を名乗る人物からこんな打診を受けたという。
「『手元に日本円にして約120億円の余裕資金がある。よい投資先を紹介してほしい』と言うのです。もちろん断りましたが、金一族は相当リッチなんだな、と驚いたものです」
統治者が国民に内緒で海外に蓄財し、それをエリート外交官が持ち逃げする。こんな国家が長続きするはずがない。
(取材・文/本誌ニュース班)