気鋭の政治社会学者・堀内進之介氏(左)と“師匠”でもある社会学者・宮台真司氏(右)が感情で釣られやすい現代社会に物申す!

今、注目の政治社会学者・堀内進之介氏が書いた『感情で釣られる人々~なぜ理性は負け続けるのか』(集英社新書)が話題を集めている。

なぜ、選挙戦で政策案をマジメに話す候補者よりも、感情的な候補者のほうが優位に立ちやすいのか? なぜ、ネットやSNSは些細(ささい)なことで炎上するのか? なぜ、理不尽な労働を強(し)いられても頑張ってしまうのか?

本書では、その背景には国家や企業、共同体が巧(たく)みに仕掛ける“感情の動員”があることを指摘しつつ、それに抗(あらが)う具体的な方策を示してくれている。

9月13日、本書の出版を記念し都内で開催されたトークセッションでは、著者の堀内氏彼の大学院時代の指導教員でもある社会学者の宮台真司氏、政治学者の姜尚中氏の3氏が登壇。“人々をいかに感情で釣るか?”に心血が注がれる現代社会に警鐘を鳴らした。

そのやりとりの模様を一部抜粋、堀内氏と宮台氏の“師弟対談”を中心にレポートする。

そもそも、堀内氏が“感情が動員される社会”に危うさを感じ始めたのは、自身がまだ大学院生だった15年ほど前。師匠である宮台氏の下で政治社会学の研究に没頭していた頃だという。堀内氏が感じた危機感の中心には、現在、米大統領選挙でトランプ氏と激しい舌戦を繰り広げているヒラリー・クリントン氏がいた。

堀内「当時、上院議員だったヒラリー氏は、セラポクラシー(「癒し」による統治)を政策の柱にしていました。人々が漠然と抱く不安には迅(じん)速に対処し、それでいて市民社会の草の根的な共助関係を保護する政策プログラム、言うなれば『フィールグッドステイト(安楽国家)』を目指していました。彼女は、例えば労働で“やりがい”や“達成感”が感じられるような心豊かな国家を造ることが大事だと、そう言っていたんです。

でも、ヒラリー・クリントンらの試みは、市民による草の根的で包括的な自治というよりは、むしろそう思わせることによって国家の負担を切り下げる巧妙な統治ではないのか。実際の労働現場では、本人が『やりがいがある』と満足しているんだけど、傍(はた)目にはどう考えても、搾取されているようにしか見えない…そんな状況は当時も今も、例えば働きすぎて燃え尽きてしまう人が多い介護労働の現場などでよく見かけますよね?

労働者にとってのやりがいを搾取しながら、賃金を引き下げる。そんな状態を本当に“フィール・グッド”と言っていいのだろうか?と、私はヒラリーを批判的に見ていたわけです」

そう話す堀内氏の目に、今の米大統領選はどう映るのか? 素人目には、トランプ候補者の過激な発言が特に大衆を感情で釣ろうとする巧みな戦略のようにも見えるが…。

堀内「今、大統領選で起きていることはまさに、両候補者によるレトリック(弁論術)を交えた感情の動員合戦。理性よりも感情のほうが重視される危うい兆候が見て取れます」

今の日本は“相当やばい”状態にある

一方で、堀内氏の“師匠”の見解はこうだ。

宮台「アメリカの社会心理学者、ジョナサン・ハイトが書いた『社会はなぜ右と左にわかれるのか』という本は、オバマ大統領の大統領選当時の指名受諾演説や就任演説にこそ“感情の動員”のオーソドックスな手法が見られる、と分析しています。

簡潔に説明すると、大衆には“感情の押しボタン”が5つあり、従来、共和党は5つのボタン全てを押すのに対し、民主党は3つしか押さなかったが、民主党候補のオバマは5つのボタンを全て押した結果、大統領に当選できた、と。“感情の動員”はトランプに限った話ではないのです」

その上で、宮台氏は現在の“トランプ騒動”をこう分析する。

宮台「トランプの場合は、オバマとは異なり、本来なら失脚の原因ともなりかねない“失言”によって、逆に人気が出ています。その背景に何があるかを考察するべきです。

精神分析学者フロイトによれば、『ポリティカリー・コレクト(政治的・道義的に正しい)な振る舞いをしろ!』という命令に人々が服する時、それとは真逆の『正しくないことをやりまくりたい!』という欲望を禁圧するので、無意識には鬱屈した感情が溜まります。

その結果、『表の法』が弱くなると『裏の法』が噴出しがちになります。例えば、『表の法』を守ったところで“クソ社会”が今まで通り続くだけであるなら、本音を言わせてもらうぜ、この野郎!と。これはトランプ騒動に限った話ではなく、現在、日本を含めた多くの先進国で起きていることですね」

つまり、本音を言った人が支持される、選ばれる、人気が出る…まさに、今の日本も“感情で釣られやすい社会”になっているというわけだ。しかも、感情的なモノが重視される傾向は年々強まってきているのだという。その典型例が大学生の就活である。

堀内「私が大学でゼミを担当するようになった10年前には、“入社して3年で会社を辞める”早期離職が話題になっていたこともあって、巷(ちまた)の多くの就活本には『入社後にミスマッチを起こさないよう、説明会や面接の時点で会社のことをしっかりと確認・質問しておくことが大事』などと書かれていました。学生も『この会社の社風は自分に合うか?』『あの会社の将来性は?』などと必死になって私に質問していたものです。

ところが、最近はずいぶんと中身が変わってきました。今の就活本にはどんなことが強調されて書かれているかというと、『面接官の心に刺さるようにしなさい』『心を動かすようにしなさい』と。中には、『意欲的に質問するという態度を見せること自体が採用担当者の心に刺さる』なんてことが書かれていたりするわけです。要は、質問する内容なんてどうでもいいと…。もう目的と手段が逆転してしまっていますね。

これはSNSでもよく見られる傾向ですが、最近は特に感情の働きとしての共感や思いやり、やる気、直観といった部分に随分と寄ってきてしまっていると感じています」

感情が表に出すぎると、世の中はギスギスする。満員電車がその典型だろう。少し肩がぶつかっただけで舌打ちされたり、相手に詰め寄られたり…。一方で、理性や意志が引っ込むと、人は怠惰になる。健康のためのジョギングやダイエットが三日坊主で終わったり、原稿の締め切りが遅れたり…。だからこそ、自分は理性的でありたいと思う。

それなのになぜ、理性よりも感情が重視される社会になってしまったのか?

堀内氏「近年の心理学の研究では、理性は感情をコントロールするどころか、むしろ『理性は感情の奴隷である』ことを示す証拠をいくつも発見しています。2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のダニエル・カーネマンも、人間が情報を処理する過程では、理性は期待されるほどには優れておらず、むしろ、感情に左右されるウエイトが大きいことを示しています。

近年では、“理性への信頼の喪失”と“感情の再評価”もあって、理性よりも感情を重視する主張が注目を集めるようになってきたというわけです。

そうすると、自分の理性の不十分さや意志の弱さにつけ込まれ、あるいは感情への期待を逆手に取られ、国家や市場や会社や共同体に都合よく動員されるばかりか、だまされていることに薄々気づいていても、何かもっともらしい理由をつけて納得してしまう…。今の社会はそうした状態に埋没してしまっていると感じています」

宮台「堀内君の元指導教員として、バックボーンをお話しします。1950年代から70年代にかけて分厚さを増した中間層は、90年代半ば以降のグローバル化の進展によって分解しました。分断されて孤立するがゆえに不安と鬱屈に苦しむ人々は、インターネットを手にして“見たいものだけを見て、見たくないものは見ない”ようになり、縦割り化が進みます。すると人々は情報を共有できなくなり、各人がそれぞれ“別の世界”に接続した状態で好き勝手なことを言い始めるのです。ウヨ豚(ネトウヨ)が典型ですね。

人々が分断されて孤立した状態になると、不安と鬱屈を当て込んだマスメディアによる感情的動員が行なわれるようになって、いわゆる弾丸理論(情報の受け手に対して直接的な影響を及ぼすこと)が現実のものとなります。こうして、たとえ見かけが議会制民主主義でも、全体主義的な帰結を招きがちになる。ヒトラー政権下ナチスドイツが典型です。

こうした流れを回避するには、第1に床屋や井戸端での近所の人たちの集まりで、旦那(オピニオンリーダー)役が『違うな、これはこう解釈するんだ、キミも青いな』といった具合に、噴き上がりがちな人々の感情をなだめ、人々を危うい方向に導く“馬鹿げた解釈”を押しとどめるのが有効であると実証されています。

第2に、感情的な大衆を理性的な政治エリートや行政エリートがリードすればいいとする議論もある。しかし、現状を見ると、霞が関や都庁の官僚を見ればわかる通り、エリートも社会の中で育つから、社会が劣化すれば、エリートも劣化します。また、地域も空洞化して床屋政談も井戸端会議もなくなり、若者から老人まで孤立化が進んで『説教を垂れる床屋の親父なんてウザイ』という感覚がもっぱらになる一方、周囲は“キレる老人”だらけ(苦笑)。

要は、分断されて孤立した人々の感情的な劣化に対し、処方箋がないというのが現在の状態です。処方箋がないから人々はますます感情的に劣化し、民主政治は誤作動を起こしがちになったままに放置されています。

人々は単なる“自動機械”になり、どのボタンを押せばどう行動するかがますます統計的に予測できるようになりました。『民主的に議論したいならしてもいいが、議論の方向はどうとでも制御できる』という風潮も強まります。人々の感情をあてにできず、ゆえに理性の行使もあてにできない状況で『まともな感情と理性を回復せよ』と叫んでも無駄です」

つまるところ、社会学的に見れば、今の日本は“相当やばい”状態にあるということ。そして、宮台氏の言う通り、本当にお手上げの状態にあるならば、この日本は全体主義的な方向に突き進んでいくということにもなりかねない…。

(取材・文/週プレNEWS編集部)

●この危うい状況を回避するにはどうすればいいのか? 後編⇒『理性よりも感情が重視される日本社会。“男子トイレの小便器”にあるヒントとは』

●堀内進之介(ほりうち・しんのすけ)1977年大阪府生まれ。現代位相研究所・首席研究員。青山学院大学大学院非常勤講師。著書に『知と情意の政治学』、共著に『人生を危険にさらせ!』など

●宮台真司(みやだい・しんじ)1959年宮城県生まれ。首都大学東京都市教養学部教授。著書に『制服少女たちの選択』、『終わりなき日常を生きろ』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』など

●『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』(集英社新書 760円+税)http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-720841-2&mode=1