海洋楽研究所所長の林正道さんとロボットイルカ

今、世界各国が最先端技術を競うロボット開発の世界で、独自の特徴を持つ日本製の“和ロボット”が存在感を発揮している。新しい発想で世界から注目を集める、日本のロボット開発者たちに迫った。

「はい、みんな、いいか! ホンモノの魚はこの100万倍もキレイでかわいいんだぞ~!」

子供たちが真剣に見守るなか、海に見立てたビニールプールでロボットイルカやロボットウミガメをホンモノそっくりに泳がせるおじさん。海洋楽研究所所長の林正道さんだ。

研究所といっても、立派な建物や大勢の職員がいるわけじゃない。自宅の1階部分を制作工房とし、手づくりですべて“一品モノ”の超ハイクオリティ&リアルな海洋生物ロボットを、ひたすらつくり続けてきた。

林さんはもともとダイビングインストラクターだった。大好きな海に毎日好きなだけ潜り、世界各地で魚たちと一緒に泳ぐ。そんな生活が一生続くと思っていた。

しかし、人生の転機はいきなりやってくる。肺がんを患った林さんは、二度と海に潜ることができない体になった。林さんには人生のすべてを奪われたにも等しい出来事だった。

「正直、病院のベッドの上で、このまま死んでしまいたいと思いましたね。でも、そんなとき、病気のために生まれてから一度も海を見たことがない子供たちがたくさんいることを知ったんです。『毎日、海に潜れた自分は不幸じゃない、幸せなんだ。この子供たちに海の素晴らしさ、魚たちの美しさを少しでも教えてあげたい』。そんな思いで生まれたのが海洋生物ロボットでした」

ロボットづくりのノウハウや知識はないが、魚たちの形や泳ぐ姿は、何十年も自分の目に焼きつけてきた。魚のボディは、ペットボトルやウエットスーツの素材がベース。動力は市販のラジコンのサーボモーター。高価な材料は使わずとも、林さんの熱意と観察眼、蓄積された体験が、ホンモノの海洋生物そっくりの動きを再現していった。

「魚もイルカも生き物ですから、体は柔らかいし、泳ぎも滑らかなんですよ。硬い金属や強いモーターの動きじゃない、もっとファジーな動き。僕が知っているのは、海の中で彼らがどんな泳ぎ方をし、どんなしぐさをするかということだけですが、ほかの多くのロボットとの差は、そこにあるんじゃないですか?」

ほとんどの企業製ロボットが、軽くて硬い外骨格のボディに強力なモーターを組み合わせようとするのに対し、林さんのロボットは柔らかい素材を背骨として使用し、そこに弱いモーターを組み合わせている。この“真逆の発想”によって、水に逆らわず優雅に泳ぐ魚たちの姿を再現しているのだ。

「無機質で強いモーターの力を、いかに生物的な柔らかい動きに変えるか。わざわざ力をロスさせる方法を考えるんですから、本職のロボット開発者の方々には『そんなのありえない』と言われるかもしれません(笑)」

称賛するのは海外企業や慈善団体のみ…

林さんの海洋生物ロボの特徴は「滑らかさ」。柔らかな素材、弱いモーターを使って生き物の動きを再現している

イルカの体のしなり、水を蹴る尾の独特の動き。ウミガメの緩やかに上下するヒレ。これらの動きはソフトでコントロールされているのではなく、林さんが自らコントローラーを使って、微妙な動きを指先で伝える。触ろうとすれば、尾ビレをバタつかせ逃げようとする――そんなホンモノ同様の動きに子供たちは目を輝かせる。

「海に行くことができない子供たちにとっては、ロボットがホンモノの魚なんですよ。彼らの日記や手紙には『ウミガメの背中に乗ったよ』『イルカに触ったよ』とうれしそうに書かれています。もちろん、ホンモノのほうが百万倍もいいことはわかっています。でも、海に連れていくことはできなくても、疑似体験をさせてあげることはできる。僕にできることはそれくらいですから」

しかし今年9月24日、自身の薬代まで削って心血を注いできたその活動に区切りをつけざるをえなくなった。ついに体が限界を超えてしまったのだ。8月27日、最後の一般公開イベントを取材したときには、林さんは自力で立てないほど衰弱していた…。

商業ベースに乗らないロボット開発は、日本では限りなく難しい。不景気や業績不振を理由に、多くの国内企業の社会貢献活動は固く扉を閉じたままだ。

この10年間、林さんの技術や活動を讃え、手を差し伸べてきたのはいつも海外の人々だった。台湾で障害者支援を続けるC&Sクリエーション社、アメリカの慈善団体や自然保護団体、あるいは企業から来る支援の声や技術への問い合わせ。社会的弱者の助けや癒やしになる林さんのロボット技術は、称賛をもって迎えられた。

手早くビジネスになる技術にはすぐに手を挙げる国内企業が、この部門の技術に見向きもしないことは残念で仕方ない。林さんの示すロボットのあり方は、人とロボットの共生という新時代の指標として大きく評価されるべきなのに…。

「自分ができるのにやらない、というのはイヤなんですよ(笑)。海洋生物ロボット以外にも、脳波や筋電コントロールで動く義手や、泳ぐ車椅子もつくってきました。少しでも自分の技術が皆さんのお役に立つのなら、という思いからです。

でも、私ができるんだから、大きな企業ならもっといいものができるはずなんですよね…。それなのにやらない。悔しいですよね…」

林さんのつくるロボットは、どれもなぜか笑顔に見える。ロボットにはつくった人間の人柄が出るのだとすれば、それは、林さんが人々を笑顔にしようとしているからに違いない。

●発売中の『週刊プレイボーイ』43号では、林さんのほかにも、個性的なロボットを作り続ける日本人開発者たちの実像に迫っているので、是非そちらもお読みいただきたい。

(取材・文・撮影/近兼拓史)

■『週刊プレイボーイ』43号「ニッポンのすごいロボットをつくった賢人たち」より