韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の退陣を求めるデモが過熱している。
事の発端は、朴大統領の友人である女性実業家、崔順実(チェ・スンシル)氏が職権乱用の共犯と詐欺未遂の容疑で逮捕された事件。朴大統領は崔被告が関係するふたつの財団に多額の資金を拠出するよう財閥企業に要請したとされ、さらに公務上の機密資料をメールやファックスで漏えいさせた疑いも持たれている。
韓国の検察当局はふたりの間に共謀関係があったと認定しているが、大統領側は「想像と推測に基づくもので全く認められない」と反発。検察の事情聴取にも応じていない。
大統領の煮え切らない態度に国民の怒りは頂点に達し、10月末から毎週土曜に退陣要求デモが行なわれるようになった。参加者数は週ごとに膨れ上がり、11月12日には主催者発表で100万人がソウル市に集結。「朴、辞めろ!」のシュプレヒコールが巻き起こった。
翌週(19日)にも大規模デモが開催されるとの情報を入手、週プレ記者は韓国・ソウルへと向かった――。
その日、デモの出発地点となるソウル市役所前でまず目に飛び込んできたのは、歩道に連なる膨大な数のテントだった。
歩道約100mの区間に50基ほどのテントがぎっしり。その帯はさらに先のほうまで続いていたが、テントから出てきた若者がこう話す。
「デモに参加するために地方から泊まり込みで来ています。最初は片道2時間ほどかけて通いでデモに参加していたけど交通費がバカにならない。ボクと同じくテントに泊まっている人は地方から来た若者が多く、中には10日前から寝泊まりしている人もいます」
雨の日の夜には気温が5℃まで下がる。寝袋にくるまっても震える寒さだ。一体、何が彼らをデモに駆り立てるのか? 男子高校生が続けてこう話す。
「朴大統領が友人と結託してこの国の政治を私物化していたことが許せないんです。金持ちは大学入学さえも好き放題。毎日、夜遅くまで勉強しているのもバカらしくなってくる…。入試くらい公平でなければ、私たち庶民は這い上がることさえできません」
朴大統領を巡る一連の事件に絡み、崔被告が娘を名門女子大に裏口入学させた疑いも伝えられている。この疑惑が韓国の若者の怒りに拍車を掛けている様相だ。
デモの中心にある“三放世代”
韓国の若者の失業率は8.5%。厳しい受験戦争を潜り抜けても待遇のいい財閥企業に就職できるのは財閥の一族か、ごく一部のエリートに限られる。その他大勢の学生は大学卒業後も何年も就活を継続しなければならないのが現実だ。
韓国の若者の間で、恋愛も結婚も出産も諦めたという意味の“三放世代”という自虐的な言葉が流行しているが、その“三放世代”が今回のデモの中心にいる。
そんな中、特に目立っていたのは高校生だ。日本の大学センター試験に相当する大学修学能力試験が11月上旬に終わり、テント組を含めて地方から駆けつける高校生も多い。
「やっと来れました」
デモに参加していた4人組の高校生のひとりはそう話す。なぜ、デモに参加しようと?
「両親は僕の大学進学のために生活を切り詰めて塾に通わせてくれています。それなのに、ろくに勉強もしてない人が不正を犯して名門大に入ってしまう…。『お金も実力のうち(崔被告の娘がツイッターに投稿したとされる発言)』などという発言は絶対に許せない」
続けて、隣にいた高校生はこう訴えた。
「朴大統領を退陣させ、不公平な教育制度を変えたい」
彼らは、こちらが韓国語を理解できないと見るや、流暢な英語で口々に政権への不満を吐露し、自身の考えを主張した。彼らのように、デモに参加していたほとんどの高校生は英語を習得しており、ある高校生は記者に日本語でこう話すのだった。
「僕は将来、ソニーに就職したい。今は調子が良くないけど、かつてカセットテープ全盛時代にウォークマンを発明した素晴らしい日本の企業です」
取材中、韓国の高校生の語学力や教育レベルの高さには何度も驚かされた。優勝劣敗がクッキリと別れる極端な学歴社会で生き残るために必死で身に着けたものなのだろう。
それだけに、デモ会場では朴政権への根深い怒りが渦巻いていた。
デモ隊が集結したソウル市・光化門(こうかもん)広場の路面には、朴大統領と崔容疑者の顔半分を組み合わせて作製された“踏み絵”が貼り付けられていた。デモに参加した大学生が自主的に作ったもので、訪れた若者たちは無表情でその顔を踏みつけるように歩いていく。踏み絵はみるみると破け、2時間もするとふたりの面影はなくなっていた…。
新しい参加者を呼び込む“遊び”
その向こう側では、朴大統領の顔を描いた巨大な球体が参加者の頭上に吊るされている。球体を目掛けてモノを投げつける若者や子供たち。そして子供が投げつけた石が当たった瞬間、顔がクス玉のように真っ二つに割れた。すると中から崔被告の娘に模した人形が落下して地面に転がり、歓声が沸き起こるのだった。
この“クス玉”を製作したのは受験を終えたばかりの男子高校生。彼はその意図を次のように説明してくれた。
「不平等な社会を生む朴政権にはみんな怒っています。溜まった怒りを少しでも発散できるものをと、受験勉強の合間を縫ってこの仕掛けを作りました」
日没後も参加者が手に持っているロウソクに火を灯してデモは繰り広げられたが、そのロウソクを光化門広場の一角で無料で配布していたのも高校生だった。
記者は米韓FTAに対する反対デモや、日本政府に謝罪と賠償を求める慰安婦デモ等も取材してきた。これまでのデモは中高年以上の世代が中心で、泣き叫ぶように怒りを露(あら)わにする女性の姿や、暴徒化して機動隊ともみ合う男性の姿が目に焼きついている。
だが、今回のデモはそれらとは一線を画し、中心にいるのは高校生や大学生などの若者たち。彼らは歪(いびつ)な学歴社会と、それを是正するどころかさらに悪化させている朴政権に強い怒りを感じてはいるものの、感情的になることは少ない。
韓国紙記者がこう話す。
「この日のデモの参加者は主催者発表で60万人と前週(100万人)に比べれば減ったものの、11月5日のデモ(20万人)と比べると3倍に増えています。その大きな要因になっているのが若者中心のデモであるということ。彼らが仕掛けるクス玉や踏み絵といった遊びの要素はデモの敷居を下げ、新しい参加者を呼び込むことに繋がっています」
韓国に“怒りの輪”を広げる若者主体の平和的なデモが、朴政権にトドメを刺すかもしれない。
(取材・撮影/冨田きよむ 構成/週プレNEWS編集部)