相次ぐ高齢ドライバーによる重大事故。事故を減らすには認知症対策が欠かせないが…(写真はイメージです)

高齢ドライバーによる重大な交通事故が相次ぎ、社会問題となっている。

「子供たちにどうやってぶつかったか覚えていない」

10月28日午前8時頃、軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み、8人が死傷した事故で、車を運転していた87歳の男性は事故後、警察にそう話したという。

神奈川県警によると、男性が運転していた軽トラックは路線バスに追突後、蛇行しながら電柱へ激突。その弾みで集団登校中の小学生の列に突っ込み、横転した車の下敷きとなって6歳の男児の命が犠牲となった。

「買い物をしようと思ったが、事故は覚えていない」

11月11日13時頃、東京都板橋区にあるコンビニに車ごと突入し、客ふたりが軽傷を負う事故を起こした86歳の男性も警察にそう供述している。現場の目撃証言によると、この男性は事故後、何事もなかったようにこう話したのだという。「煙草をくれ」――。

各地で相次ぐ高齢ドライバーによる重大事故。その要因のひとつとして背景にあるのは、認知症だ。近年、認知症の症状を有すると思われる運転者が高速道路を逆走する事故も続発している。認知症の専門医として、高齢ドライバーの事故対策に取り組む上村直人(かみむら・なおと)氏(高知大学医学部精神科講師)がこう話す。

「日本の65歳以上の免許保有者は2011年度に1300万人を超え、認知症の有病率から考えると、そのうち認知症ドライバーは100万人近く存在すると考えられます。普段の診療でも運転免許を持つ認知症者と遭遇することは珍しいことではなく、最近の調査では運転を継続している認知症患者の“6人にひとり”が交通事故を起こしていることがわかっています」

そもそも認知症とは何か? 上村氏がこう話す。

「様々な原因で脳の神経細胞が傷つけられ、記憶・判断力の障害が起こり、社会生活に支障が出ている状態です。ただ、『腹痛』に十二指腸潰瘍や胃がんなど様々な背景疾患があるように、認知症には約100種類もの疾患があるといわれています」

そのうち、症例が多いアルツハイマー病、血管性認知症、前頭側頭葉変性症(ピック病)、レビー小体型認知症が“4大認知症”と位置づけられている。そこで気に留めておかなければならないのが「それぞれの認知症の疾患によって危険運転や交通事故のパターンが異なる」(上村様)ということだ。

交通ルールが通用しないピック病とは?

ではひとつずつ、認知症と自動車運転の関連を見ていこう。まずは、四大認知症の中でも最もメジャーなアルツハイマー病患者の運転について、上村氏がこう続ける。

「アルツハイマーは脳の神経細胞が徐々に減少し、ゆっくりと進行する、最も患者数が多い認知症です。私たちが認知症患者83人を対象に行った実態調査では41人がアルツハイマー病で、そのうち16人(39%)が事故を起こしていました。

その症状は海馬という記憶の中枢から病気が始まるため、新しいことが学習できない、ごく最近の出来事が思い出せないといった記憶障害のほか、距離感がつかめなくなるという症状も表れます。

そのため、運転中に行き先を忘れてしまう“迷子運転”に陥ってしまうケースが見られ、さらに距離感がつかめないことから駐車場で車庫入れを行なう際の枠入れがうまくできず、軽度な接触事故を起こすといったことが事故特徴として顕著に表れます」

続いては、脳こうそくや脳出血とも密接につながる血管性認知症患者の運転について。

「これは脳の血管が詰まったり、破裂したりして、脳に血液が送れなくなり、神経細胞が死ぬことによって引き起こされる認知症です。実態調査では83人中、20人が血管性認知症で、そのうち4人(20%)が事故を起こしていました。

脳神経に障害が起きるので脳内の神経伝達がうまくいかず、安全運転には欠かせない認知、予測、判断、操作が不安定な状態となり、刺激に対する反応が鈍く、動作が緩慢になる。これによってハンドル操作を誤る、ギアチェンジが遅れるといった操作ミスが増加し、事故リスクが高まります。また、速度維持が困難になることから40km/h制限の道路を10km/hで走るようなノロノロ運転が多発する傾向も見られます」

そして次が「重大事故につながるリスクが最も高い」と上村氏が指摘する前頭側頭型認知症(ピック病)である。

「発症と進行はゆっくりで、多くは初老期(65歳まで)に発症します。アルツハイマー病のように記憶障害は起きませんが、思考や感情、理性をコントロールする脳の前方部(前頭葉)が萎縮することにより、他人の気持ちを配慮できない、社会ルールを守ろうとしない、などの人格変化や行動異常が目立つようになります。

本能がむきだしの状態となるため、運転技術は保たれていても交通ルールが通用しなくるのがピック病の怖いところ。信号が赤でも“行きたい”から突き進む、交差点では対向車の有無に関わらず“今、曲がりたい”から右折する…等、“ゴーイングマイウェイ”な運転に陥りやすい。

認知症の中でも最も重大事故を起こしやすいのがピック病。実態調査では事故率が60%超(22人中14人)と、最も高い比率で事故を起こしています」

更新時認知機能テストの重大な欠陥

最後に、レビー小体型認知症。こちらもピック病と並んで重大事故リスクが高い病気だ。

「認知機能の障害という点でアルツハイマー病によく似た認知症ですが、調子の波が極めて大きい。状態のいい時は認知症の存在を疑うほどしっかりしていますが、さっきまで家族と普通に話をしていたのに、次の瞬間には突然、家族がわからなくなったり…と、これが同じ人かと疑いたくなるほど状態が悪化することがあります。

また、実在しない人や動物などが見えてくる幻視、道に落ちているゴミを人や動物、虫などと見間違う錯視が症状として表れるのも特徴的。実際にあった話では、高速道路を走行中に突然、象が目の前に現れたから急ブレーキを踏んだ、といった事例があります。

さらに、運転中に注意力が低下して居眠り運転に近い状態となったり、突然、道路のセンターラインがグニャッと歪(ゆが)んで見えるようになるといった症状もあります」

認知症とひと言でいっても、疾患の種類によって事故リスクは大きく異なるが、「認知症患者の中には、自分の運転能力が落ちていることを自覚できず、危険な運転を継続しているケースが多いのが実情」(上村氏)なのだという。

高齢ドライバーによる“暴走事故”を減らすべく、来年3月には認知症対策を強化した改正道路交通法が施行されることが決定しているが、上村氏の表情は渋い。

「改正道交法は認知症ドライバーの免許取り消しを厳格化する踏み込んだ内容ではあります。ただ、認知症対策としてはまだまだ課題が残されています。例えば、免許更新時に75歳以上のドライバーに義務づけられる講習予備検査。

これは検査時の年月日や曜日、時間を問う『時間の見当識』や、時計の文字盤のイラストに指定された時刻の針を描き入れる『時計描画』等の検査項目を通じて記憶力や判断力を測定するのですが、この検査でスクリーニングできるのはアルツハイマーと、あえていえば血管性認知症だけ。

ピック病やレビー小体型認知症を判別することは難しく、特に認知機能自体には問題がないピック病患者なら、満点を取ることもできます」

高齢ドライバーの“暴走”をどう未然に防いでいくか。また、認知症ドライバーをいかに減らしていくか。高齢化が進めば進むほど、この問題は色濃くなっていく。

(取材・文/週プレNEWS編集部)