過酷な労働環境下での勤務中、もしくは通勤中に交通事故を起こして命を落とす--。
ところが、会社は「本人の責任」と突き放し、過労と事故の因果関係が証明しにくいからと労災認定が下りず、遺族が泣き寝入りするケースが多いという。決して人ごとではない「過労交通事故死」の実態に迫る!
■長時間勤務後の帰宅中に居眠り運転
2014年4月24日。東京都の渡辺航太さん(当時24歳)は空間デザイン会社「グリーンディスプレイ」(東京都世田谷区)(以下、グリーン社)での22時間連続勤務後、原付バイクでの帰宅中に電柱に衝突し、死亡した。ブレーキ痕がないため居眠り運転と推定されている。
渡辺さんは13年10月の入社以来、過酷な長時間労働を続けていた。最初の1ヵ月の残業は110時間以上。その後、130時間超の月もあった。
この事実に、母の淳子さんは「求人票はウソでした。本当のことを書いていたら航太は入社しなかった」と、今もその死を受け入れられない。渡辺さん親子が就職前に決めていたのは、「夜勤がない」「自動車通勤禁止」の会社を選ぶこと。夜勤後の運転は事故につながる危険性が高いと認識していたからだ。
果たして、ハローワークでグリーン社の「マイカー通勤不可」「試用期間なし」との求人票を見た渡辺さんは同社に入社するが、実際は、試用期間があり、求人票に記載のなかった夜勤もあり、業務終了が電車のない深夜や早朝の時間帯となるため、バイク通勤を余儀なくされた。
それでも辞めなかったのは、仕事のやりがいはあるし、正社員になれば生活は安定し、再就活での正社員採用は難しいなどの様々な思いからだ。
そんな渡辺さんは入社から約5ヵ月後の14年3月16日、会社から口頭で正社員採用を告げられる。だが、労働環境はそのままで、事故はその翌月に起きた。
それから1年後、淳子さんは、息子の死は、長時間労働を招いた安全配慮義務違反が原因だとして、グリーン社に約1億円の損害賠償を求める裁判を起こした。現在も横浜地裁川崎支部で係争中だ。グリーン社は訴状に対し「事故の前、数日間の労働時間は長くなく、過労ではない」と反論している。
裁判所はこれをどう判断するか。
なぜ事業主に責任を問えないのか?
過労死を扱う裁判で、遺族側が勝ったケースはいくつもある。だが、「過労交通事故死」に限ると裁判自体が少ない上に(バスやトラックなど運転専業者は除く)、筆者が調べる限り、遺族側が勝訴したのは03年3月、鳥取大学病院の医師が徹夜での手術後、別の病院へ車で移動中に対向車と正面衝突して死亡した事例しかない(鳥取地裁は、過労と事故との因果関係を認め、大学側に安全配慮義務違反があるとして、原告である遺族への損害賠償を認めた)。
なぜ過労の状態で交通事故死しても、なかなか事業主に責任を問えないのか?
過労死問題に取り組む全国の弁護士が結成する「過労死弁護団」のひとり、兵庫県の山田・立花法律事務所の立花隆介弁護士は「交通事故死はよそ見運転や本人の疾病の可能性もあり、過労との因果関係の証明が難しいからです」と説明する。
その立花弁護士も現在、1件の過労交通事故死を扱っている。
パン製造販売店「ヤキタテイ」の運営会社「NAGASAWA」(兵庫県姫路市)の男性社員Aさん(当時28歳)は、15年2月2日、14時間34分に及ぶ長時間労働(休憩は30分のみ)後の深夜、車で帰宅中に反対車線のガードレールに衝突して亡くなった。
Aさんは12年12月に入社。パン製造や発注、接客などは本人の性に合っていたが、過労死レベルで働いていた。14年の記録だけでも、最短の残業時間は11月の約139時間、最長が3月の約187時間。入社前の10年に結婚し、子供ももうけ、いつかは店長にとの夢を抱きながらも、あまりの長時間労働に、妻には何度も「疲れた」と漏らし、入社時の体重70kgは53kgにまで落ちていた。
Aさんの場合も、ブレーキ痕がないことから、「居眠り運転に違いない」と立花弁護士は推測する。
今年9月12日、Aさんの妻と6歳の長女は、神戸地裁姫路支部に約1億1700万円の損害賠償を求め提訴した。妻は「娘に会うため単身赴任先から帰宅中だった。命と引き換えにしていい仕事なんてない。会社の労働環境を是正してほしい」と訴えている。
だが、会社側は「タイムカード上の時間すべてが労働時間とは言えない。長時間労働を強制したこともない」と全面的に争う姿勢を見せている。
前出の立花弁護士は、「医師の医学的見解を求めることになると思います」と、過労との因果関係の証明に努めたいと語った。
◆後編⇒「過労交通事故死」で遺族は泣き寝入り…すべて自己責任にされて事業者を訴えられない!
(取材・文/樫田秀樹)