「勤務時間内に終わらなかった仕事を家に持って帰れば、それは『サービス残業』と変わらない」と指摘するメスメール氏 「勤務時間内に終わらなかった仕事を家に持って帰れば、それは『サービス残業』と変わらない」と指摘するメスメール氏

政府が「働き方改革実現会議」を設置するなど、本格的な議論が始まった日本人の「長時間労働」問題。

歴史的に労働者の権利保護に手厚いフランス出身の記者は、この問題をどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第62回は、「ル・モンド」紙東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。

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─高橋まつりさんの過労自殺をきっかけに表面化した大手広告代理店、電通の「長時間労働問題」は昨年末、電通が労働基準法違反の疑いで書類送検され、石井直(ただし)社長の引責辞任にまで発展しました。折りしも日本では今、政府による「働き方改革」が議論されています。

メスメール 安倍政権は「一億総活躍社会」実現の一環として、昨年秋に「働き方改革実現会議」という私的諮問会議を発足させ、新たに加藤勝信氏を「働き方改革担当大臣」に任命する等、この問題に関して積極的に取り組んでいます。そこで大きな課題となっているのが、日本で一般的な残業の習慣を改め、オフィスを早く出て帰宅できるようにしようという、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」の改善です。

もちろん、改善は良いことですが、問題は肝心の「仕事の総量」が変わらず、新たな雇用も増やさないのならば、これまでと同じ仕事量をどうやって「残業をせず」にこなせるのかということでしょう。企業側には残業が減り、「残業手当」の人件費がマイナスになる分、コスト削減のメリットがありますが、労働者の側からすれば結局、正規の勤務時間内に終わらなかった仕事を家に持って帰れば、それは「サービス残業」と変わらないわけですからね。

─確かに、仕事の量が同じならば「午後10時以降の残業禁止」と言われても、残った仕事を家に持ち帰るしかない。あるいは、電通のような大手企業なら、その分の負担を立場の弱い下請けの中小企業に押し付けるという状況だってあり得ます。やはり、表面的な改革では日本人の「働き方」の実態はあまり変わらないのでしょうか?

メスメール 私は「変わらない」とは思いません。ただ、一気に変わることはないでしょうね。なぜなら、日本人の「働き方」に対する意識には世代によって大きな違いがあるからです。若い労働者の話を聞くと、彼らの多くは「仕事以外の生活」を大切に考えていて、自分たちの親のように会社や仕事に人生を捧げたいとは思っていない。

一方、例えば今、電通のような企業で重役や管理職としてリードしている古い世代の人たちは若い時から長時間労働も「当然のこと」と捉(とら)え、がむしゃらに働いてきた結果、今の地位や成功を手にしてきたと考えているので、そうした働き方に違和感がないし、むしろこれまでのやり方を続けたいと思っている部分がある。

こうした世代間のジェネレーションギャップを乗り越えるにはそれなりの時間が必要ですし、それが日本人の働き方を変えていく上で大きな課題ではないかと感じます。

雇用環境の変化によって表面化した「歪み」とは

─そもそも、日本では「長時間労働」の問題が放置されてきた。労働基準法で定められた労働時間を遥かに超える長時間の残業や、残業代が支払われない「サービス残業」が常態化している会社はいくらでもあり、これまではそれを守らない企業が厳しく取り締まられることもほとんどありませんでした。その点、労働者の権利が厳しく守られているフランスと大きく違うのでは?

メスメール 確かに、単純に法制度やその運用という面ではフランスのほうが労働者の権利が厳しく守られてきたと言えるかもしれません。しかし、私はこれには「文化の違い」という面もあるのではないかと思っています。正規雇用が主流だった90年代頃までの日本では多くの日本人が「会社に自分の人生を捧げる」代わりに、生涯にわたって安定した給料と雇用を約束されていた。つまり、この仕組みが社会の大きなセーフティネットになっていて、それを日本の社会全体が受け入れていたのです。

ところがその後、経済のグローバル化が進み、以前よりも多くの外国企業が日本に進出し、他国との競争も激しくなる中で、そうした働き方に関する「日本独自のカルチャー」が壊れ始め、定年までひとつの会社で働き続けるという生涯雇用の仕組みが失われていった。雇用の流動化によって正規雇用から非正規雇用へのシフトが起こり、日本の働き方を支えてきた従来のモデルが通用しなくなりつつある。今、我々が目にしているのは、そうした変化によって表面化し始めた「歪み」なのだと思います。

─だとすると、「安定した生涯雇用」という従来のモデルが壊れ始め、しかも、フランスと違って「働く人の権利」がきちんと守られていない…というのが、今の日本の「働く人たち」を取り巻く、厳しい現実のようにも思えますが。

メスメール そうですね。日本の労働市場における非正規雇用率は今や40%を超えていますし、その多くが同じ仕事をしている正規雇用の人たちと比べて4割近く少ない賃金で働いています。安倍政権が進める「働き方改革」では雇用の流動化と共に「同一労働、同一賃金」の実現を重要なテーマのひとつに挙げていますが、それは必ずしも「非正規の人たちの賃金を正規雇用なみに引き上げる」という意味ではないでしょう。

また、日本では多くの人たちが、これまで常態化していた「残業代」も自分たちの定期的な所得の一部とみなして暮らしていましたが、この先、残業ができなくなれば、当然、残業代も減り、それは企業にとって人件費削減に繋がっても、働き手にとっては「実質的な収入減」を意味します。また一方で、大企業は国内で新たな雇用を創出せず、人件費の安い海外への投資を加速させる傾向にあります。

規制緩和による雇用の流動化によって、これまでの「古いモデル」が支えていた「将来の保証」が失われ、残業代が減って実質的な収入も下がるのに年金や医療保険などの社会保障負担額は増えている…。もちろん、どんな改革にもプラスとマイナスの面があり、一概に日本の働き方改革を批判するわけではありませんが、こうした現実を考えれば、日本にも従来とは異なる形の「労働者を守る制度」が必要なことは確かだと思います。

世界の先進国すべてが直面している問題

─昨年はフランスでも労働時間や休日勤務に関する規制緩和を盛り込んだ「労働基本法」の改正が大きな議論を呼び、改正に反対する若者たちのデモなどが起きました。働き方に関する変化の波に直面しているのは日本だけではないですね。

メスメール これはある意味、世界の先進国すべてが直面している問題だと思います。欧米では既に80年代から90年代にかけて、アメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相らの政策によって、労働市場の規制緩和や流動化が進められました。60年代以降、長らく労働者の権利が強く守られてきたフランスでも、今ではグローバル化の波に直面する中で従来の仕組みが機能しなくなりつつある。

それは労働組合のあり方なども例外ではなくて、日本の「連合」も、かつては一定の役割を果たしていたのかもしれませんが、今や完全に時代遅れになっている。フランスの労組も同様です。

昨年の労働基本法改正に関する議論の中で、フランスの若者たちが「ニュイ・ドゥブー」という運動を通じて「これからの社会のあり方」を議論し始めたのも、多くの矛盾が表面化してきた「今のシステム」に不満を持ち、それを「変えたい」という気持ちの表れなのだと思います。

私は先日、韓国に取材に行ったのですが、今、韓国で起きていることも、朴大統領の「個人的な友人」にまつわるスキャンダルだけではなく、今の韓国社会に対する若者たちの強い怒りや憤りが大きな原動力になっているのだと感じました。

─ただ、日本では若者も含めて、社会や政治に対する自分たちの不満や不安を大声で訴えることがなかなかできないし、そうした問題についてみんなで議論するという習慣もあまり根付いていない気がします。

メスメール そうですね。いきなり「革命だ」なんて言っても現実味がないし、単純に今すぐストリートに出てデモをすればいいということでもない。私はまず、ひとりで悩まずに誰かにその想いを「話すこと」から始めるのが大切だと思います。

電通の問題も若い女性社員が自殺したことで表面化したわけですが、彼女にはその苦しさや悩みを相談できる人がいなかったし、労組も役に立たなかった。そのため彼女は「孤独」に陥り、自殺へと追い込まれてしまった。そうした不幸を繰り返さないためにも、まずは自分の苦しさや、疑問や不安などを「話せる誰か」と共有し、繋がること。あるいは、そうした人の声を「聞いてあげられる」環境を作ることが必要です。

そうやって身近な人たちと話すことから、自分たちが現代社会のシステムからどう扱われていて、何が本当の問題なのか、そして何を変えるべきなのかということが客観的に見えてくる。それが社会を変える第一歩になるのだと思います。

●フィリップ・メスメール 1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)