富士通やカルビー、キヤノンなど大企業が続々と導入・拡大する「テレワーク」(リモートワーク)。在宅勤務など職場外で働けるため、サラリーマンにとってもメリットのある制度だ。しかし専門家によると、ブラックへの道に進む危険性を孕(はら)んでいるという。
テレワークとは、ICT(Information and Communication Technology=情報・通信に関する技術)を利用し、自宅やコワーキングスペース、サテライトオフィスなどで働くスタイルのこと。普段の仕事や会議なども会社へ行かずにできるため、家庭や自分の時間を作りやすくなる。「平成26年度厚生労働省テレワークモデル実証事業 従業員アンケート」(NTTデータ経営研究所)では、75%以上が家族と過ごす時間や育児・家事の時間が増加したと答えている。
「まず日本の場合は会議が長く、社内向け資料の作成に力を入れていてホワイトカラーの生産性が低い。さらに多いのが近くにいる人に仕事を振るケース。それで従業員の仕事が増えるわけですが、テレワークの場合はそうしたことが減るので、効率的に仕事が進められるんです」
そう語るのは、一般社団法人日本テレワーク協会主席研究員・今泉千明氏。通勤時間だけでなく、“無駄”が減り仕事自体にかける時間が増えるということか。また、企業にも社内スペースや交通費削減、災害対策にもなるなどメリットは多い。
「どこでも仕事ができるため、顧客への対応など営業も効率化が可能で利益が上がりやすくなります。また2008年からテレワークを導入した向洋電機土木では技術者の求人倍率が600倍となり、事故も減るなど人材確保や事故低下にも繋がっています」(今泉氏、以下同)
「ワークライフバランス」の見直しが必要とされている時代、「テレワークを採用する会社は就業者のニーズに応えているから人気」となっているわけだ。政府も長時間労働是正などと共にテレワークの普及へ力を入れている。少子高齢化が進み、将来的な人材不足が懸念されるためだ。
「要は個人の生産性を上げるのと、育児や介護で会社に拘束されることができない“制約社員”を取り入れようというのがポイントです。そのために『働き方改革』を推進しているのです。現在、テレワークを採用しているのはほとんど大企業ですが、中小企業もそうせざるを得なくなっていくでしょう」
国内の99.7%、そして就業者の70%以上が中小企業といわれる日本。中小企業が変わらなければ意味がなく、そこにこそテレワークの導入が必要といえる。
ただ、中小企業での導入によって、ブラック企業が増える危険性もあるという。そう指摘するのは、企業や自治体へテレワークを普及・導入サポートしているA氏だ。
テレワークでブラック企業に拍車?
まず、テレワークに限らず企業の判断基準として「時間管理」は欠かせない。
「企業評価が『成果主義』になると『時間』を参考程度にしか見なくなる。とはいえ、ある程度、時間をかけなければ『成果』も出ません。また企業側に適正な判断ができなければ、より『時間』だけかかってしまいます。だから『時間』でのマネージメントは大事なんです」(A氏)
ずば抜けた能力がない限り、成果主義だけで就業者を判断すると給与が下がってしまう。「時間」を考慮しないと「成果」を出すために、より長時間労働を課せられる可能性があるのだ。
もちろんテレワークであっても「会社に出社している時と同様の時間管理が必要」だとA氏は訴える。しかし、その「時間」を曖昧(あいまい)にしているのが「固定残業制度」いわゆる「みなし残業制」だ。
前出の今泉氏いわく「テレワークを導入にあたって『みなし残業』を採用する会社もある」…が、中小企業におけるその実態をA氏が明かす。
「いろいろな中小企業を見てきましたが、残業手当を出していない会社の多さに驚きました。就業者もですが『みなし残業』だから何時間残業させても給与は同じだと思っている経営者が多いんですよ。そうした経営者は『テレワークで時間管理されたらやってられない』と…」
「みなし残業制」は元々の給与に加え、決められた残業時間分の残業代を固定で支払うもの。それ以上の残業に対しては、残業代を追加して支払わなければならない。要は「みなし残業制」で契約した就業者は“定額使い放題”ではないのだ。
にも関わらず、それが周知されていないためテレワーク導入の際、「みなし残業」も一緒に導入されることで就業者のサービス残業が増えてブラック化、もしくはブラック体質に拍車がかかる可能性があるのだ。これではいくらテレワークで就業者の負担が減っても、意味がない。
さらに危険性はひとつだけではない。経営者の認識によっては給与が下がってしまうこともある。
「給与額について、中小企業でよくあるんですが、在宅勤務者は減らしていいだろうということを話す経営者がいます。実際、下げてしまう会社もあります」(今泉氏)
在宅勤務で営業から庶務など業務変更で給与が下がるケースもある。しかし「同一業務の場合は同一賃金でなければ、労働者に対する不利益変更となる」と今泉氏は警告する。
「今後、人材不足の影響を受ける中小企業こそテレワークを導入するべきだとは思います。しかし大企業と違って社会の目が届きにくい中小企業で、テレワークが長時間労働など『ライフワークバランス改善』のための“隠れ蓑”にされてしまうのではと危惧しています」(A氏)
「働き方改革」のひとつとして注目されるテレワーク。それ自体はプラスなものであり、「テレワーク=ブラック」ではない。しかし、それに付随して経営者が自分勝手なルールを導入してしまえば、就業者に恩恵どころか不利益になってしまう可能性も。普及し始めた今、この制度は岐路に立っているのかもしれない。
(取材・文/鯨井隆正)