ヤマト運輸が宅配便の配送料金を値上げする。そこで注目されるのが、ヤマト最大の顧客「アマゾン」が値上げを受け入れるのか?ということだ。その交渉の実態は…両者の思惑に迫る!
「ヤマトが一年間に取り扱う荷物の総数は約17億個(2015年)で、そのうちアマゾンの荷物は約2億5千万個とされています。これだけで業界4位の福山通運の2倍に当たる数です」(経済誌記者)
ヤマトが運ぶ全荷物の約6分の1がアマゾン! ここまでのお得意さまに値上げを認めさせることができるのか? 物流ジャーナリストの森田富士夫氏はこうみる。
「アマゾンもある程度は認めざるをえないでしょう。宅配業界で同社の膨大な荷物を一手に引き受けられる企業が他にないこともありますが、世論のヤマトへの同情も大きな要因です」
日本経済新聞が3月に実施したヤマトの値上げの賛否を問う読者アンケートでは、実に約8割の人が「賛成」だった。世論は「値上げやむなし」に傾いている。
「今年に入り、『再配達が多すぎて休憩も取れない』『20時以降の時間配達が集中して残業ばかり』など、ヤマトのドライバーの窮状がたくさん報道されている。彼らに同情する人が増えて当然です。ただ、大手メディアが一斉にこの問題を扱う流れをつくったのはヤマト側のリークによるものかと」
森田氏が「ヤマトの問題が世間の関心事になるきっかけになった」と指摘するのが、2月23日付で日経に掲載された1面トップ記事だ。「ヤマト、宅配総量規制へ」の見出しで、アマゾンの大量の荷物に疲弊するヤマトドライバーの実務とヤマトの労働組合が荷受け量の抑制を求めた事実を報じた。
「これは日経の独自ネタでした。さらに3月2日には、日経はまたもや独自ネタとして『ヤマト、残業1割削減』と報じた。ヤマトの値上げが発表された3月7日には長尾裕(ゆたか)社長の単独インタビューも掲載しました」
まさに日経の独走状態だ。
「言うまでもなく、同紙は経済界に影響力がある新聞。ヤマトは日経の担当記者に記者発表ではなくネタをリークしたと推測できる。“メジャー会社のスクープ”が一社独占で報じられれば、他のメディアも追随し、さらに関連報道が日に日に過熱する、という戦略をヤマトは描いたのだと思います」
それが本当だとしたら、ヤマトの狙いは何か?
「ヤマトはアマゾンの荷物を基本料金の半額以下で受けているといわれ、個数が増えるほど採算が悪化する悪循環に陥っていた。なので、値上げをアマゾンに認めさせるのは急務でした。でも、アマゾン相手に現状のままで『取引額を上げてほしい』と要請しても撥ね付けられたでしょう。だから、アマゾンとの取引だけではない“27年ぶりの全面値上げ”が必要だった。この形をとれば、『全面的に料金体系を変えたから、御社も受け入れてほしい』と話を持っていきやすくなる。
ただ、アマゾン以外の顧客は巻き添えを食う格好となり、当然、反発が予想される。そこで、事前に値上げ容認の空気をつくるためメディアを利用した、というのが私の見立て。それと同時にドライバーの苦労を認知させることで再配達を減らそうという狙いもあったと思います」
アマゾンが水面下で進める“脱・大手宅配”戦略とは?
では今後、ヤマトはどう交渉を進めていくのか? 物流業界紙の記者はこう話す。
「アマゾン以外では、すでにヤマトからの値上げ要請を受け入れた企業が出始めている。各社の反応を聞くと『人手不足やドライバーの労働環境を考えると受け入れざるをえない』との声が多かった」
ヤマト運輸の広報にアマゾンとの値上げ交渉の進捗(しんちょく)を聞いたが、「今の段階ではコメントできない」との返答だった。交渉はこれからが本番なのだろう。
一方でアマゾンにも値上げを容認するのか聞いてみたが、「この件についてはお話しできません」(アマゾンジャパン広報)という。しかし、前出の森田氏は「アマゾンはたとえ今回は値上げを受け入れても、いずれ脱ヤマトに向かうだろう」と予測する。
「アマゾンは“自前配送”を進めようとするのではないか。事実、アメリカではUPSやFedExなどの大手宅配会社が料金を値上げし続けているため、アマゾンは州などの単位で営業する中小宅配便会社と専属契約を結ぶ自前配送に切り替え始めた」
これから日本でも同じことが起きると?
「日本の宅配便市場でも、軽トラック“一台持ち”の個人ドライバー(個人事業主)は多い。アマゾンはいずれ、そうした個人ドライバーを専属契約の形で囲い込む戦略を打ってくるでしょう」
だが、アマゾンの荷物は膨大な量だ。個人ドライバーではさばききれないのでは?
「ヤマトや佐川をはじめ、車両5台以上の事業所数は全国に約6万ありますが、軽自動車のドライバーの事業所数はその倍以上の15万。アマゾンの荷物も十分にさばけるはず。ちなみに、その筆頭が個人事業主の集合体である『赤帽』などで、アマゾンの有力な足になりうるでしょう」
アマゾンが個人ドライバーを使うメリットは?
「現在、アマゾンの商品は自社の物流センターから宅配便(ヤマト)の各営業所に集荷され、そこから一部の商品は軽トラックの個人ドライバーに外注され、注文者の自宅に届いていきます。これが自前配送だと物流センターから直接個人ドライバーに渡す形となり、集配と仕分けのコストを大幅に減らせ、宅配のイニシアチブを握ることもできます。
個人ドライバーからしても、今は大手宅配会社の下請けとして安く買い叩かれていますが、アマゾンから直接仕事をもらえば中間マージンがなくなる分、儲けが増える。両者はウィンウィンな関係というわけです」
その上でアマゾンが実現を狙っているのが「即配サービス」なのだという。
「アマゾンは有料会員向けに東京23区で実施している一部商品の(注文後)1時間以内の配達エリアを他の大都市圏にも広げるため、昨年から地域密着型の小規模な配送センターを各地に開設しています」
この物流網が完成した時、宅配業界はどうなる?
「アマゾンと競合し、楽天など他の大手ネット通販会社も自前配送を進めるでしょう。アマゾンとの大口取引を失うヤマトも、自前配送ができない中小ネット通販会社を取り込み、アマゾンの即配に対抗するはず。いずれにせよ、取扱数量だけを追求していてはドライバーの過酷な状況は変わらないとみています」
ということは、現場の苦境はまだ続く…?