大事故でありながらバスの乗客の死者はゼロだった。※写真はイメージです

まさに神対応のハンドルさばき―。

愛知県の東名高速道路上で、対向車線から中央分離帯を越えて“飛んできた”乗用車が観光バスとクラッシュしたのは6月10日朝のこと。

その際に見せたバス運転手の運転ぶりに称賛の声が集まっている。事故の瞬間を録画したドライブレコーダーの映像を見ると、確かに運転手はとっさにハンドルを左に切り、さらにはサイドブレーキをかけて、乗用車との正面衝突を回避している。乗員45人がケガをする大事故だったが、死者はゼロ(乗用車の男性は死亡)だった。交通ジャーナリストの鈴木文彦氏が言う。

「運転手が左にハンドルを切ったおかげで乗用車はバスの右上部の角っこのフレームに激突。そこは強度が高く、バスへの衝撃が和らいだ。少しでも衝突ポイントがずれていたら、この程度の被害では済まなかったはずです」

だが、バス業界からは厳しい指摘も。高速バスのベテラン運転手はこう言う。

「今回の衝突は、バスにとっては『もらい事故』。でも、事故発生から15秒前の映像を見ると、観光バスが前の車を追い越そうと、左車線から右車線へ進路変更して速度を上げていることがわかる。早朝、まだ高度の低い太陽に向けてスピードを上げるのは、まぶしさによる事故リスクが高くなるんです。私なら、あの状況で追い越し運転はしません」

でも、バスは横転せず、死者も出なかった。それはやはり、運転手のお手柄では?

「経験を積んだプロドライバーなら、同じような危険回避をするはず。それよりも、今回の事故で被害を最小限に抑えられたのは、バス業界全体が安全対策意識を高めていることが大きい」(前出・鈴木氏)

死者15人を出した軽井沢スキーバス事故(16年1月)などがきっかけになり、今、バス業界は安全対策に血眼になっている。鈴木氏はこう話す。

「衝突回避のための警報装置や被害軽減ブレーキがメーカー標準で装備され、今年末にはそのいくつかが義務化される。また、貸し切りバスの事業許可が更新制になるなど、事業者への確認・指導も厳しくなった」

バス会社も安全対策に余念がない。

「新型バスなら、GPS機能でバスの現在地や走行速度を会社のパソコンで確認できる時代です。ドライブレコーダーも前方、車中、後方用に3台搭載が標準になりつつあります」(前出・バス運転手)

こうした状況では、世間が「神対応」とホメるバス運転手の運転ぶりでさえ、業界内ではむしろ「危ういハンドルさばき」に映るというわけか。バス業界、結構頑張ってる。