出版不況といわれるご時世だが、それでも毎日200冊近くの新刊が発売されている。大型書店に行けば、数十万冊の書籍が置かれているが、果たしてわれわれは、その中から本当に読みたい本と出合えているだろうか。
「ベストセラーも、芥川賞・直木賞作品も読まない」と断言するのは「リンボウ先生」の愛称で知られる林望氏。本書『役に立たない読書』は、氏が初めて読書論を語った一冊。小説、エッセイ、古典研究と縦横無尽に活躍する国文学者に話を聞いた。
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―ずばり、先生ご自身の読書論とはなんでしょうか?
林 読書家の中には、読んだ本や知識をひけらかすような人がいます。そういう人は「読んでいて当たり前」というような顔をする。本を読んでいない人からすると、どうしてもコンプレックスを抱いてしまうんですが、そんなことを思う必要はありません。別に本を読んだからってちっとも偉くなんかないんだから。
そんなことを気にせず、読みたい本を楽しんで読むことです。トルストイの『戦争と平和』くらい読まないでどうする、なんていわれるけどそれも違う。読みたくなかったら読む必要はないんです。
僕はこの本の中で、そうした「読書弱者」ともいえる人に対して、本というものはもっと気楽に面白がって接すればいいんだし、有名な本を読んだからといって偉いわけでもなく、読まないからといって卑下する必要もないんだ、ということを伝えています。読書弱者に対しての応援歌ですね、この本は。
―お話をお聞きして、読書に対するハードルが下がった気がします。タイトルの『役に立たない読書』は、どんな意味でつけられましたか?
林 「役に立たないのが本当の読書だ」という意味ですね。「役に立たないほど良い本だ」とでもいいましょうか。言い換えれば、「自己目的として本を読む」ってことなんですね。
小説を読んでも、エッセイを読んでも、世の中で大して役に立つわけじゃない。でも読むでしょ? 娯楽としてひたすら楽しく本を読む。それが、役に立たない読書ってわけ。この本の中では「役に立たない読書」の選択肢のひとつとして、気軽に古典を読んでみてはどうですか、とオススメしています。
―でも、気軽に古典は……。
林 もちろん、1千人いたら999人はそうですよね。だけど、古典を読むのも週プレを読むのも、大きな違いはないんです。例えば、古典を読むと「モテの本質」がわかりますよ。
―え!?
林 『源氏物語』の主人公・光源氏を見習うと面白い。光源氏はけしからん男ですよ。だけど、今の芸能界を見ても、悪いやつほどよくモテるじゃないですか(笑)。それは今も昔も変わらない。あんなろくでもない男にどうして女たちは惹かれるんだろうと思うけど、世の中そういうもんだよね。
意図してオーラを出して女たちを惹きつけてるんじゃなくて、その人自身にものすごくオーラがあるから、結果的にいろんな女たちがどんどん寄ってきちゃう。光源氏を見た人はみんな、その美しさにとりこになってしまうわけですよ。
光源氏としても、自分に対して思いを抱いた女のコたちに冷たくはできない。いっぺんに100人とは付き合えないですからね。順繰りに付き合っていくと、女から女へ、女から女へ、となってしまう。そりゃ悪い男に映りますよ(笑)。光源氏にばかり目がいくけど、『源氏物語』に登場する女たちはひとりひとりみんな違う個性があってとっても魅力的。本当に素晴らしく描かれているんです。
読書と人格はあまり関係がない
―なるほど、読んでみたくなりました。でも、いきなり原典を読むと挫折しそうです…。
林 古典をもともとの原典で読むのは、なかなか骨が折れて難しいでしょうね。もし原典で読んでみたいと思うのであれば、『平家物語』がいい。『平家物語』ならちょっと読み慣れれば、ほとんど現代文と同じように読めます。
『源氏物語』を読むなら、『謹訳源氏物語』を読んでいただければと思いますね。現代語訳されているからある程度内容もわかるし、読み進めていく段階で「これ原文ではどう書いてあるんだろう」と思って原典を手に取ったりできますし。だんだんと読む楽しみが増えていくのも、古典のたしなみ方のひとつです。
それから、『リンボウ先生のうふふ枕草子』もぜひ読んでみてください。原典と現代語訳、それからどう読むかという解説も載っています。これは抱腹絶倒、とにかく面白い作品ですよ。
―とっつきにくいイメージの古典にも興味が湧いてきました。
林 テレビを見ていても、日本語ペラペラな外国人が「マンガを読みながら独学で勉強しました」なんて言っていたりする。外国の人が日本のものをよく読み、日本文化に対して興味を持っているのに、肝心要の日本人が自国の文化についてなんにも知らないというのは情けないことじゃないかな、と思うんですね。
僕らの国には1千年以上もの長い文学の歴史があるのに、それに触れないで西洋から来たものをありがたがっている。こんなことばかりでは、日本人としてのアイデンティティがどんどん失われていってしまいます。
―確かに、学校で古典文学を勉強しましたが、暗記ばかりで作品を味わうなんてことはありませんでしたね。
林 教科書のイメージがあんまりにも悪すぎるんでしょうね。どうしてこんなつまらないところばかり抜き出してんだ、といつも思う(笑)。本当の古典文学にはもっと心が動かされて、涙が止まらなくなるようなところもいっぱいあるんですよ。
―勉強として誰かに強いられるのではなく、自分から古典の世界を楽しみたいですね。
林 自分の好きなように読めばいいんです。『役に立たない読書』ってタイトルですが、それすらもうどうでもいいじゃないか、って思うんです(笑)。読書をしなくたって構わないんですよ。読書を全然してないけど人格者って人はいっぱいいるし、逆に読書してるけど鼻持ちならないやつもいっぱいいる。読書と人格はあまり関係がない。だから、もっと読書を自由に楽しんでほしい。
―究極の読書論ですね。週プレしか読まない読者も胸を張って、「俺は読書家だ」と言ってほしいですね!
林 (笑)。読書の楽しみ方は人それぞれ。自由に楽しめばいいんです。
(取材・文/加藤水生 撮影/五十嵐和博)
●林望(はやし・のぞむ) 1949年生まれ、東京都出身。作家、国文学者。慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。『イギリスはおいしい』(平凡社)で第39回日本エッセイスト・クラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(P・コーニツキとの共著、ケンブリッジ大学出版)で国際交流基金国際交流奨励賞、『謹訳源氏物語』(全10巻、祥伝社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『謹訳平家物語』(全4巻、祥伝社)ほか著書多数
■『役に立たない読書』 (集英社インターナショナル新書 720円+税) 読書に実用的な価値ばかりを求め、書物をゆっくり味わうという本来の楽しみ方を忘れてはいないだろうか―。本書は、そんな世間の傾向に異を唱える著者が初めて読書論を語った一冊。好奇心のままに読書を自在に楽しむ方法を惜しみなく披露し、古典作品の魅力と読み方も、書誌学の専門家としての知識を交えながらわかりやすく解説する。著者いわく、「自由に読み、ゆっくり味わい、そして深く考える。読書とは、ただそれだけのこと」