その毒針に刺されれば死に至る恐れもあるだけに、“殺人アリ”などと恐れられる存在になっているヒアリ。だが、アリの研究者として東京大学などで講師を務める寺山守氏によれば「恐れすぎず甘く見ない」冷静な心構えが肝心という。
知られざるその生態から攻撃性、身を守るための予防法までヒアリを“正しくビビる”ための必要な知識を聞いてみた。
―全国13ヵ所の港湾からヒアリが次々と発見されています。アリ研究を30年以上続けてこられた専門家の目に現在の脅威はどう映っていますか?
寺山 ヒアリだけは侵入させてはならないと思っていましたから、“最も恐れていた事態が起きてしまった”というのが正直なところです。
―やはり、ヒアリの怖さは人を死に至らしめる毒性の強さに?
寺山 それもひとつ。ただ、“毒針”を持つアリっていうのは海外だとヒアリ以外にも少なからずいるんですね。例えばオーストラリアのキバハリアリ。数年に一度のペースですが犠牲者が出ていまして、こっそりと人間の背後から近づいて刺すという“ズル賢い攻撃性”が非常に厄介です。でも、ひとつの巣に数百匹程度と小規模な集団で活動し、繁殖力もそれほど高くない。毒性が強いアリというのは大体このパターンです。
―ヒアリは他の“毒アリ”とは違うと?
寺山 まさにそこが怖いところで…。まず、ひとつの巣に複数の女王(働きアリの母親)がいる多女王性と、一匹しかいない単女王性の両方のタイプが確認されています。女王アリの繁殖力が極めて高いところも特徴的で1日の産卵数は他種のアリと比べて2、3桁多い、1500~2千個。産卵は毎日のように繰り返されます。
―そうすると、ヒアリの巣内はどれくらいの規模の集団が形成されることに?
寺山 最終的には、働きアリ(女王アリの子)が数十万匹という単位に膨れ上がり、大きな巣だと100万匹に達するケースもあります。他種のアリは土壌の中に巣を作ることが多いですが、ヒアリは周辺から集めてきた土を唾液で丹念に固めて盛り土状の巣を作り、大規模なものでは高さ50㎝程度の富士山型の巣ができ上がる。
その大規模な巣を“本部”にしつつ、周囲に“前線基地”のような小規模な巣をたくさん作り、全体の面積、生息域を拡大させていくという生態を持っています。
ーアリは女王が産卵し、働きアリがエサを獲得し、兵隊アリが巣を守るという統率のとれた社会性昆虫としての生態を持っていますが、それも同じ?
寺山 そうです。ただ、ヒアリの場合は極めて高い攻撃性という要素が加わります。普通のアリは人間が近づくと危険を察して逃げますが、人であろうとなんだろうと集団で積極的に攻撃を仕掛けてくる。また、なんでも食べる雑食性で必死にエサを集めるから、定着を許せば人の家にもどんどん入ってきて餌を探し周り、就寝中に刺されて病院に救急搬送…なんてアメリカ南部で頻発しているような事態になる。
ヒアリはなぜ強毒を持つのか?
―ヒアリに刺されるとアナフィラキシーショックを起こして死に至ることも…。
寺山 ヒアリの毒性に対するアレルギー体質の人がアナフィラキシーショックという重篤な症状になります。アメリカの調査では、ヒアリに対するアレルギー体質を持っている人は0.5~5%程度です。
以前、私の知人も視察先の台湾でヒアリに刺されました。彼はアレルギー体質ではありませんでしたが、刺されてから約30分後に皮膚の表面がボコボコと膨らみ出す全身症状が表れ、一時的な呼吸困難に陥り、救急入院することになりました。スズメバチの場合、手を刺されるとグローブのように腫れあがることがありますが、ヒアリの毒はそれとは別種。血液中に入り込んだ毒が全身に回り、各部位で細胞が壊死した部分が膨らみだす膿庖(のうほう)という症状が出る。症状の進行が非常に早いというのも毒性の強さを表しています。
―なぜ、それほど強い毒を持っているのでしょうか?
寺山 これは私の推測ですが、ヒアリの元々の生息地は南米です。熱帯地域で天敵も多く、洪水や野火の頻発する不安定な環境を生息の場としております。その厳しい環境で生き抜くためには進化の過程で強い毒を持つことが必要だった。加えていえば、昆虫に対してあれだけ強い毒を持つ必要はありません。ということは、哺乳類をターゲットにしている可能性があるということになります。
スズメバチは、かつてその巣が人間のハンティングの対象で、巣や幼虫を守る防衛行動の一環としてあれほど強い毒を獲得したとも考えられています。ヒアリもかつて人間に強力な捕食対象にされ、それに対抗するために毒を進化させたということなのかもしれません。
(取材・文/興山英雄)