ダニ感染症を媒介するマダニの一種、フタトゲチマダニ(写真提供:国立感染症研究所) ダニ感染症を媒介するマダニの一種、フタトゲチマダニ(写真提供:国立感染症研究所)

ヒアリ騒動が拡大するなか、警戒しなければならない“虫”はほかにもいる。ダニの一種、マダニだ!

7月上旬には、北海道でマダニに咬まれた70代男性が死亡している。その死因について、国立感染症研究所の林昌宏氏がこう話す。

「その男性はウイルスを持ったマダニが媒介するダニ媒介脳炎(以下、ダニ脳炎)を6月中旬に発症し、発熱や意識障害といった典型的な症状が出て入院、7月上旬に亡くなりました」

林氏がこう続ける。

「ダニ脳炎の患者は国内3例目。発症すれば致死率は30%に及び、助かっても後遺マヒが見られることもある。発症者で現在、車いす生活を送られている方がいます」

しかし、ダニ脳炎を抑えるワクチンは現在、「国内未開発」なのだという。法政大学自然科学センター教授で、『ダニ・マニア』などの著書がある、島野智之(さとし)氏が話す。

「現在、日本では約2千種のダニが記録され、そのうちヒトにウイルスを媒介する恐れのあるダニは約20種類います。全体の1%にすぎませんが、マダニを原因とする病気は発症数、死亡数共に年々増加傾向にあるのが現状です」

ダニ脳炎より感染リスクが高いのが『重症熱性血小板減少症候群(SFTS)』だ。

「SFTSはフタトゲチマダニなどが媒介します。感染すると6日から2週間の潜伏を経て、発熱、嘔吐、血尿といった症状が現れ、重症化すると血小板が著しく減少して多臓器不全となり、最悪は死に至ります」(島野氏)

国立感染研によると、13年以降の患者数は266人で、そのうち57人が死亡。致死率は20%を超えるが、こちらも「有効なワクチンがない」(前出・林氏)のが実情という。そして島野氏も言うように、こうしたダニ感染症は年々、増加傾向にある。

「SFTSは毎年40人から60人の患者が確認されていますが、今年は6月下旬の時点で36人が発症(そのうち4人が死亡)しており、これは例年の1.5~2倍のペース。同じくマダニにょる感染症の一種、日本紅斑(こうはん)熱は276人で過去最多でした」(国立感染症研究所)

なぜこんなにマダニによる感染症が多発しているのか?

噛まれたら牛肉が食べられなくなる!?

ひとつには「13年に初めてSFTSが確認されて以降、自治体の調査が積極的になり、それまで表に出てこなかった症例が顕在化した」(林氏)ことがあるようだ。

一方、マダニによる感染被害が相次ぐ広島県の猟友会に所属するハンターはこう見る。

「最近は市街地に野生生物が出没する機会が増えました。ハンターの高齢化による担い手不足や林業の衰退が原因でしょうが、狩猟に出かけた先でよく見るんです、腹にビッシリとマダニがついたシカやイノシシをね。こうした野生生物が、ウイルスを持ったマダニを持ってきているのではないかと」

マダニが人間にウイルスをもたらす方法は、ダニ脳炎もSFTSも共通している。前出の島野氏が解説する。

「マダニは前脚の感覚器、ハラー氏器官で人が吐き出す二酸化炭素を感知し、草や動物から飛び移ります。その後、体中を這いまわって、血が吸いやすい部位にとどまり、頭部ごと皮膚に食い込ませて吸血する。その際に出る唾液などと一緒にウイルスが体内に入ります」

そのマダニの口器は恐ろしいほどハイスペックで…。

「口器は漁師が使う銛(もり)のような返しがついている上、セメント物質を分泌して皮下にしっかり固着させるので、指で引っ張っても皮膚ごと持ちあがるだけでなかなか抜けません。また、マダニに刺されても人はなかなか気づかない。それは唾液に混じる成分が痛みをマヒさせているからです。その状態で放っておくと満腹になるまで1週間程度は吸血を続け、もともと1㎝にも満たなかった体が、500円玉程度の大きさまでパンパンに膨れ上がることも」

また、直接咬まれずとも、ウイルスに感染する恐れがあるのもマダニの怖さだ。7月24日、厚生労働省がSFTSウイルスに感染しているとみられる野良猫に咬まれた50代女性がSFTSを発症し、その後、死亡したと発表した。

「また、飼い犬に寄生したマダニを手で潰し、その体液が傷口などから侵入してSFTSを発症した事例や、マダニの体液が付着した手で目をこすったのか、SFTSの発症と共に失明した例も報告されています」

さらに、まだマダニはのっぴきならない“アレルギー”を媒介することもある。都内の皮膚科医院の院長がこう話す。

「SFTSや日本紅斑熱を媒介するフタチゲチマダニの唾液には、『α-gal(アルファ・ガル)』と呼ばれる牛肉アレルギーの原因物質が含まれていることがわかっています。牛肉アレルギーを発症すると、牛肉を摂取した数時間後に嘔吐や下痢、重篤な場合はアナフィラキシーショックを起こして命に危険を及ぼすことも。実際、ダニに咬まれて、日本紅斑熱と牛肉アレルギーを併発した患者も国内では多数報告されています」

予防法と咬まれた後の対処法

では、マダニから身を守るにはどうすればいのか? 前出の島野氏はこう話す。

「野山に出かけるときは肌を露出しないよう長袖、長ズボンを必ず着用し、ズボンは靴下に入れることです」

市販の虫よけスプレーもマダニには効果的というが、商品選びには注意が必要だ。

「忌避効果がある『ディート』に着目してください。製品の裏面に、含有量と一緒に記載されています。これまで日本には濃度12%以下の製品しかありませんでしたが、昨年6月に厚労省が感染症予防の目的で、濃度を30%まで高めた商品の製造、販売を承認した結果、売り場で高濃度の製品と低濃度の製品が併存する状況になっています。より高い効果を望むなら、ディート30%の商品を選んだほうがいいでしょう」(島野氏)

もしマダニが身体に付着していたら、手で払えばイイ?

「それが一番やってはいけないことです。吸血中のマダニを手で払ったり、抜き取ろうとすると、その圧力でブニュっとマダニの体液が人間の体内に逆流し、感染率を高めてしまうのです」(島野氏)

ではどうすればいいのか。

島野氏は「マダニに咬まれてもパニックになる必要はありませんが、本体には触れず、そのまま病院に行ってほしい」というが、前出の皮膚科医院の院長はこんな応急処置の方法を教えてくれた。

「『ティック・ツイスター』というフランス生まれのマダニ除去器があります。釘抜きのような形状で、器具を皮膚とマダニの間に差し込み、クルクルと回転させながら上に持ち上げると、簡単にマダニを除去できます。本来はペット用なのですが、実は応急処置に使う医師も少なくありません。ただし、マダニを除去できてもその後、高熱や嘔吐など身体に異常が起きたら、すみやかに皮膚科へ駆け込んでください」

野外へ出かける機会も増える夏や秋の行楽シーズン、ダニから身を守る方法を肝に銘じておきたい。

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