アリの語り部、寺山守氏(東京大学農学部講師)。著書・監修に『日本産アリ類図鑑』(朝倉書店)などがある アリの語り部、寺山守氏(東京大学農学部講師)。著書・監修に『日本産アリ類図鑑』(朝倉書店)などがある

ネット上にはアリ専門の通販サイトが存在し、自宅の飼育容器でアリがせっせと巣を作る様子に萌える隠れファンもいる。アリの巣の観察は、今も夏休みの自由研究の定番ネタだ。人はなぜ、こうもアリに惹きつけられるのだろうか? 

新種のアリを100種も発見したという寺山守氏(東京大学農学部講師)に話を聞くと、「アリは恐竜に踏んづけられていた」過去があって(前編記事参照)、「オスアリは交尾後に死ぬ」という悲しい性を持っているんだとか(中編記事参照)。せ、切ない…。

今回お送りする完結編はもっとポジティブな話で、テーマはヒアリへの恐怖感もやわらぐ“アリ愛”――。

―まず初歩的な質問で恐縮ですが、働きアリってオスなんですか?

寺山 メスです。外敵に襲われるリスクを背負って巣外で餌を獲得し、巣に持ち帰って女王アリや幼虫に与えるのが仕事。ただ、働きアリは繁殖能力がない、あるいはそれが著しく劣っているため、性的にはメスなのに産卵できない宿命にあります。

―摩訶不思議な世界……。

寺山 1匹の女王アリは巣内の安全地帯で産卵に専念し、その娘である働きアリたちは命を賭して母親を守る。人間社会から見れば真逆に映るこの家族形態も、体長わずか数ミリのアリにとっては、種を繁栄させる最良の戦略だということですね。

―その生態も、種類によって違ったりするわけですよね?

寺山 まさに。例えば、日本全国に分布するノコギリハリアリの女王アリは、自分の子である幼虫を傷つけ、そこからにじみ出る体液を吸って栄養を獲得します。

また、東南アジアに生息するオオアリの一種は、外敵に襲われると体全体を風船のように膨らませ、最後にはバーンと破裂させて自爆し、仲間に危険を知らせます。その際、破裂した体から飛び出す粘液が外敵を覆い、動けなくなったところを巣内から出てきた働きアリが集団で襲う。アリは家族を守るために平気で命を犠牲にします。

―泣けてくる話です。

寺山 そのほか、サムライアリなど、他種の巣を集団で襲撃して、サナギや幼虫を持ち帰る“奴隷狩り”を習性にするアリもいれば、他種の巣に侵入して女王を殺し、巣を乗っ取ってしまうアリもいる。トゲアリは殺した女王の体液を体になすりつけ、働きアリに自分が母親だと思い込ませる“変装”までやってのける。

―あの小さな体で生き抜くために、アリも必死なんですね。

寺山 生きること、自分の遺伝子を後世に残すことへの執着心の強さが、ほかには見られない、多様な生態を生み出しているのだと思います。アリは現在、1万3千種ほど確認されていますが、新種はその倍はいるとみられています。

アッと驚く生態を持つ新種のアリと遭遇したときのことを想像すると、年がいもなくワクワクしてくる。これからもまだ見ぬアリを求めて研究を続けていくつもりです。

(取材・構成/興山英雄)