著書に『はじめての不倫学』がある坂爪真吾氏と、舌鋒鋭いコラムニストのサンドラ・ヘフェリン氏が、過熱する「不倫叩き」の深層を抉(えぐ)り出す! 著書に『はじめての不倫学』がある坂爪真吾氏と、舌鋒鋭いコラムニストのサンドラ・ヘフェリン氏が、過熱する「不倫叩き」の深層を抉(えぐ)り出す!

昨年1月のベッキー騒動から今年9月の山尾志桜里議員の疑惑まで、「不倫報道」が世間を賑(にぎ)わさない日はないといっても過言ではない。

なぜ、ここまで不倫報道が増えたのか? これは日本に特有の現象なのか? そしてその根底には日本人のどんな「不倫観」があるのか? 日独ハーフのコラムニストとして活躍するサンドラ・ヘフェリン、『はじめての不倫学』などの著書を持つ一般法人ホワイトハンズ代表理事・坂爪真吾氏と一緒に考えた――。

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─民進党を離党した山尾志桜里衆院議員の不倫疑惑の前には、今井絵理子参院議員(自民党)のスキャンダルもありました。今や日本は国会の中まで不倫だらけといえるような状況です。さらに、違和感を覚えるのがマスコミの報道。「一線を越えたのはマスコミの報道では?」と言いたくなるような過熱ぶりです。

坂爪 マスコミ報道の過熱ぶりに関しては、複雑化した現代社会で多くの人が不満を抱えて生きている状況で、不倫は「叩きやすい」ということがいえると思います。例えば、経済格差の問題も深刻ですが「コイツが悪い!」とひと言で断罪することは難しい。それに対して不倫というのは文字通り「倫理的な不義」ですから、社会的に汎用性の高い理屈を振りかざせば、誰にでもわかりやすい形で悪者を特定して叩くことができるわけです。

サンドラ ドイツあるいはヨーロッパの感覚でいえば、今の日本のように社会全体がひとつになって有名人の不倫に目クジラを立てている状況はやはり異様に映ります。かつて世界中を騒がせた米国のビル・クリントン元大統領の不倫問題はドイツでも報道されましたが、今の日本のように国民全員が「けしからん!」と怒っていたかというと、そうではない。

そもそも、モニカ・ルインスキー嬢との「不適切な関係」を執拗に報道していたのはタブロイド紙など一部のメディアに限られていました。なので、その問題で騒いでいたのもその読者層に限定され、それ以外の知識層が「不適切な関係」を話題にして盛り上がるという現象は見られませんでした。

少し脱線しますが、メディアの報道姿勢という観点でいうと、ドイツでは2006年にメルケル首相(当時51歳)が水着に着替えている姿を英国のタブロイド紙『サン』のパパラッチに盗撮されて、裸体が紙面に掲載される事件が起きました。この時、首相の側近は「告訴しますか?」と訊いたそうですが、彼女は「放っておきなさい」と受け流しました。これがもしも日本だったら「ヌード問題」として大騒ぎになるのだと想像します。でもドイツではタブロイド紙は別として、政治とそれらの問題は「別」なのです。

基本的に政治家のような重要ポストに就いている人物を「不倫疑惑で辞めさせていいのか?」という問題もあるでしょう。フランスのサルコジ元大統領やイタリアのベルルスコーニ元首相に愛人が存在していたことは日本でも報道されましたが、その問題で彼らが辞任に追い込まれることはありませんでした。

ドイツも自慢できることではありませんが、シュレーダー前首相は不倫と離婚を繰り返していて、有権者もそれを知った上で彼を首相として認めていました。タブロイド紙が「これが首相の新しい恋人!」といった報道をしても、それで社会から「首相を辞めろ!」といった声が挙がったことはありません。

不倫をしている、愛人がいるといったプライベートな問題と、政治家として問われるべき資質とは関係ない…というのが、個人主義を前提としたヨーロッパ社会の基本的な考え方です。

坂爪 日本のマスコミにも、かつては「政治家の“ヘソから下”の問題には触れない」という不文律があったようです。しかし、これは日本のメディアの特性――例えば、新聞でも“大衆紙”と“高級紙”といった区分が曖昧(あいまい)であることと関係があるように思いますが、やはり政治家を批判する際にも不倫というのは叩きやすい要素なのだと思います。

ヨーロッパの高級紙であれば、政治家を批判するのなら政策にフォーカスして矛盾点を指摘することでしょう。しかし、日本のように“一億総中流”を前提としたメディアだと、政策論議は難しい。やはり不倫問題を取り上げ糾弾することが政治家を批判する際にもわかりやすい手法で、また数字も取れるのだと思います。

不倫には厳しいが、「未成年者とのセックス」には比較的寛容な日本

─ワイドショーでは、かつてアイドルタレントの「熱愛報道」がニュースとしての価値を持っていました。それが、97年に人気絶頂にあった安室奈美恵が堂々とデキ婚を発表したあたりから他のアイドルたちも「交際宣言」をするようになって、ニュース価値を失っていった気もします。それと入れ替わるように、ワイドショーの恋愛ネタとして不倫報道が過熱していったとは言えませんか?

坂爪 今井絵理子議員も元アイドルですが…。そうか、彼女も安室奈美恵さんと同じ沖縄アクターズスクール出身で後輩のような位置付けでしたね。

サンドラ 聞いた話ですが、今でも日本のアイドルタレントの雇用契約には「恋愛禁止」の条項が盛り込まれているとか…。これも、ヨーロッパの感覚でいえば非常に不思議。というか、人権侵害としてこっちのほうが社会的問題としてクローズアップされると思います。

坂爪 人権侵害ということでいえば、最近ではLGBTなど性の多様性を認めようという風潮が世界的に高まっているのに、「ポリアモリー」を認めようとは誰も言わない。ポリアモリーは、複数の人と合意の上で性愛関係を築くという概念です。

不倫は「ひとりの相手とだけでは満足できない」人がするもの…と言うことも可能です。そういった複数恋愛の人たちを、多様性を認めず一方的に糾弾することは人権侵害にならないのか。もちろん、そういった人たちに対する攻撃の裏付けとして倫理や道徳といった価値観があるのでしょうが、LGBTだって旧来はこのような価値観から認められてこなかったわけですからね。

サンドラ もうひとつ、私が日本の報道で不思議に思うのは、不倫を厳しく断罪する一方で「未成年者とのセックス」には比較的寛容な点です。ドイツでは180度逆で、不倫には寛容だけど、未成年者とのセックスに対しては絶対的タブーといってもいいぐらいの厳しい態度を示します。

坂爪 確かに、その点は日本では不倫ほど厳しくないですね。過去に、当時16歳の少女から性的サービスを受けたことで警察から事情聴取を受けたこともある人物が県知事に当選したぐらいですからね。

─“事実婚”という言葉がありますが、日本にはそれと逆の状況に陥っている夫婦が多いことも背景にあるのでは? “事実離婚”あるいは“事実破綻”といった状況にあって不満を抱える夫や妻たちの「怒り」が、不倫叩きの背景にあるようにも感じます。

坂爪 それはあるでしょうね。本当は自分も「不倫したい!」と思っているけれど、我慢している人たち。彼らの潜在的な怒りが不倫報道のニーズになっているのではないでしょうか。実際のところ、日本人の結婚生活は「我慢大会」にようになっている面もあると思います。

実際、日本ではこれだけ離婚率が高くなった現在でも、離婚が社会的に不利に働くスティグマ(烙印)となる傾向が強いのは否めません。特に子供がいる夫婦は、パートナーに強い不満を抱いていても、あるいはパートナーの浮気が明らかになっても「子供のために」という理由で、我慢してでも結婚生活を継続させるケースが多いでしょう。

サンドラ そういった我慢が、不倫報道を社会的ニーズとして支えているわけですね。しかし、子供のためにパートナーの浮気を我慢しても、最終的に結婚生活が破綻したあと、子供がどうなるか。日本では離婚のツケを子供が背負わされるケースが多いのではないでしょうか。

離婚後に子供の親権を母親が持った場合、約7割の父親が自分の子供に面会交流できない状況にあるという統計があります。それの裏返しと言えるかもしれませんが、やはり約7割の父親が支払い義務のある養育費を払っていない。どちらも離婚した元パートナーへの報復のように思えますが、両方のケースで最終的に不利益を被っているのは子供でしょう。

よく「女性の社会進出が進むと離婚率が高くなる」ということを論じる人がいますが、私は社会進出が離婚率を高めたのではなくて、女性が経済的に自立することによって“離婚できる状況”が実現したのだと思います。女性が社会進出して経済的に自立しなければ、離婚したくてもできませんから。

ドイツでは離婚の際にたとえ不倫が証明できても慰謝料は発生しません。一方で離婚自体の手続きは日本よりもドイツのほうが煩雑です。日本では本人同士が同意すれば離婚届という紙切れを提出するだけで他人になることが可能ですが、ドイツでは必ず裁判所に出頭しなければならないし、別居期間を経てからでないと離婚できません。

それでも、我慢はしない。ドイツは離婚後も子供に関しては共同親権であることが多く、離婚後も子供は両方の親と関わりを持てますので、「子供のために離婚を思いとどまる」という発想はないんです。それに我慢し過ぎは最終的により大きな不幸を招くのではないでしょうか。

─そういえば、同じワイドショーの報道でも、夫の不倫が発覚した際に妻が「許します」とか「耐えます」といったコメントを発表した場合には、なぜか“美談”として報じられる傾向が日本にはありますね。

サンドラ やはり、日本には我慢を美徳と考える文化があるのでしょう。

坂爪 乙武洋匡氏のケースも、彼の不倫が発覚した当初は夫人が寛容な姿勢を示して、やはり美談のように報じられていました。また、「あの乙武さんが!?」という社会が勝手に描いていた彼のイメージとのギャップも報道を過熱させた要因だったのではないでしょうか。しかし、最終的に乙武氏は離婚し、今では元夫人が損害賠償の訴えを起こす事態に至っています。やはり、我慢し過ぎはよくないのでしょう。

●後編⇒過熱する“不倫叩き”の背景――「結婚してる私はエラい」日本人特有のメンタリティが?

(取材・文/田中茂朗)

●サンドラ・ヘフェリン 1975年生まれ。ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフとバイリンガル問題」「ハーフといじめ問題」など、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』、共著に『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』、『爆笑! クールジャパン』、『満員電車は観光地!?』、『「小顔」ってニホンではホメ言葉なんだ!?』、『男の価値は年収より「お尻」!? ドイツ人のびっくり恋愛事情』など。

●坂爪真吾(さかつめ・しんご) 1981年生まれ、新潟市出身。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗産業で働く女性に対する無料の生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。著書に『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』、『性風俗のいびつな現場』、『セックスと障害者』、『誰も教えてくれない 大人の性の作法(メソッド)』など。