「まとめサイトの運営者が捕まっただけなんでしょ」と簡単に思ってはいけない。10月31日に、その摘発が大きく報道された「はるか夢の址」(以下、「はるか」)は、週プレもジャンプもずっと被害に悩んでいた、悪質かつ日本最大最悪の海賊版組織だった!
今回の摘発に深く関わった一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会の中川事務局長は、こう語る。
「月間1300万人ものユーザーが訪問する大規模のサイトです。私たちの調査では、1年間で「はるか」を通じてダウンロードされたマンガは約2億冊、被害額は約730億円にものぼると推測しています」
2億冊、730億という数字も酷(ひど)いが、以下の点こそが「はるか」の悪辣(らつ)さを象徴している。いずれも、本誌による関係者への取材や、報道を通して伝わってくる捜査・取り調べの内容から判明したものだ。
1)確信犯的に投稿型リーチサイトとして運営していたこと 2)海賊版データを作成し、そのリンクを「はるか」に投稿すると実は儲かる 3)多数の投稿者がいる大規模な組織である。他のリーチサイトを攻撃(?)、交渉して、グループに引き入れ、拡大していった 4)海賊版データの作成元、つまり供給源だった。どこよりも早く、新刊のコミックスや発売されたばかりの雑誌の海賊版を掲載していた
ここで、混乱しないように言葉を定義しておこう。
●ユーザー=「はるか」を訪問して海賊版マンガを読もうとしていた人間 ●投稿者=海賊版データを作成し、そのリンクを「はるか」に投稿していた人間 ●運営者=「はるか」というサイトを運営していた人間
まず、1)に関して。この手のサイトは、まとめサイト、タダ読み誘導サイト、リンク集などいろいろと呼び方はあるが、ここではリーチサイトとする。リーチサイトは、海賊版データがダウンロードできるリンクばかりを掲載したサイトだ。
海賊版データは、サイバーロッカーという、大きなファイルを預かり不特定多数の人にダウンロードさせるサービス(一応合法)に置かれている。マンガをタダで読みたい人はリーチサイトにアクセスしてリンクをクリック、するとサイバーロッカーにジャンプし、そこからタダでマンガをダウンロードできるというわけ。
「はるか」も含め、リーチサイトの運営者は「リンクは著作物ではないので、リンクを掲載する行為は著作権侵害にあたらない」と主張。「はるか」には、こんな宣言文まで掲載されていた。「このような行為は合法であり、当サービスを弾圧・閉鎖するような法的根拠は存在しません」――。
加えて、さらに確信犯的なのは、運営者自らがリンクを掲載していないところ。一般的なリーチサイトでは、運営者が海賊版データへのリンクを自身で掲載するのが普通。「はるか」が特異なのは、第三者に「リンクを投稿してください」と場を提供するのみで、より自分のリスクを減らそうとしていた点だ。ただし、「場を提供するのみ」から逸脱した事実があったわけで、それに関しては後述したい。
次に2)。「はるか」を含めたリーチサイトには、巧妙な仕組みがあるのだ。ユーザーがリーチサイト経由でサイバーロッカーからタダでダウンロードしようとすると、広告が表示されたり、スピードが遅かったり、1日にダウンロードできるファイル数が制限されたり、非常に使い勝手が悪い。
そこで、月に1000円ほど支払ってサイバーロッカーの有料会員になると、驚くほどスムーズに。感覚として、月1000円の読み放題サービスに近い。しかも、ダウンロードしたファイルはコピーし放題なので、友達にあげることもできる。
では、その会員費はサイバーロッカーがぼろ儲け?…ではなく、海賊版データをアップロードした人間にキックバックされるのだ! だから「はるか」の投稿者は、せっせと海賊版データをサイバーロッカーにアップし、そのリンクを「はるか」で宣伝、その結果、収益をあげていたというわけ。
付け加えるなら、海賊版データを実際にアップした事実を立証しようとしても、サイバーロッカーはロシアやオランダなど海外の会社で非常に困難な状況なのだ。
リーチサイトの巧妙な仕組み
そして、3)に関して。非常に大規模で統率のとれた組織であることを詳しく解説しよう。もちろん、「はるか」は場を提供していたのみではない。投稿者たちが競って投稿するような仕組みを作り上げていた。
海賊版サイトにおいて、ユーザーに特に喜ばれるものは何か? それは、他の海賊版サイトにはない、新しいコミックス、雑誌だ。「はるか」においては、自炊(※)した海賊版データのリンク投稿は「金ラベル」(下図参照)と呼ばれ、目立つように配置され、しかも、「はるか」内では、その同一データ(作品/雑誌)の他者による24時間以内の投稿を禁止していたのだ。 ※スキャナーで紙の書籍や雑誌、コミックスをスキャンして、電子化・PDF化すること。近年、代行業者が摘発されている
しかも、禁止するだけでなく、運営者側で違反投稿をパトロールして削除もしていた。発売されたばかりのコミックスや雑誌をいち早く自分でスキャンして、サイバーロッカーにアップし、「はるか」に投稿すれば(明確に著作権侵害行為だ)、少なくもと24時間は「はるか」で独占状態となり、数多くのユーザーがダウンロードするというわけ。
ちなみに、出版社はその「金ラベル」海賊版データに関してサイバーロッカーに即座に削除要請を送るのだが、24時間経つと、誰でも投稿できるようになるので、最新作の投稿が相次ぎ、その対応にも追われる羽目になる…。
また、運営者は組織内における13段階の階級を制定し、優良投稿をする人間にポイントや勲章を付与、どんどん階級が上がっていく仕組みを作り上げていたのだ!(もちろん、意に沿わない投稿を繰り返す投稿者は垢BAN※) ※アカウントを停止、凍結されること
さらに、電子書籍を複製する際の注意点や、アクセスを秘匿する方法などもレクチャーしていたようで、「安全」に投稿できるケアもしていた。
投稿者たちは勲章・階級制度と、ユーザーからの感謝コメントと、もちろん収益をモチベーションに日々、より安心して「海賊行為」に勤しみ、「はるか」はそういった大人数の投稿者を束ねつつ、驚くべきことに他のリーチサイトと交渉、買収(一部の報道では攻撃もしていたらしい)までしてグループに引き入れていた。
提携サイトの人間は、自らのリーチサイトを運営しつつ、「はるか」に投稿を繰り返し、日本最大の海賊版組織へと成長を加速させたのだ。
これは推測だが、投稿者全員が人気のコミックスや雑誌ばかりを掲載すると、「はるか」での作品数が減少してしまう。運営者仕切りによる、投稿作品(=スキャンする作品)の割り振りがあったとしても、全く不思議ではない。
「はるか」が特に悪質な理由
最後に、4)に関して。3)で解説した「金ラベル」システムのおかげと運営者の割り振り(推測)もあって、「はるか」には多種多様な新作の海賊版データがあふれ返っていた。ある侵害対策会社の担当者はこう証言する。
「人気少年マンガ誌がいつ『はるか』に掲載されるか、ウォッチしていましたが、雑誌発売日当日、電子版の正規配信開始から、ものの30分もすればリンクが掲載されていました。また、ある人気コミックスの最新巻がいつ投稿されるか、その日時を数十のリーチサイトで調査しましたが、「はるか」の提携サイトが1位、2位でした」
他のリーチサイトは、「はるか」に掲載された新作のコミックスや雑誌をすぐにサイバーロッカーからダウンロードし、今度は自分のデータとしてサイバーロッカーにアップロード。そのリンクを自らのリーチサイトに掲載する、そんな流れも判明。自分でマンガを買ってスキャンしなくても、元手はサイバーロッカーの会員費(+サイト維持)のみで簡単に運営できて収益もあげられる、結果、100とも200とも言われる数のリーチサイトがはびこってしまったのだ。
「はるか」=「海賊版データの供給源」といえ、悪質性を語る上で非常に重要なポイントだ。
以上の点から、週プレのみならず、ジャンプや他誌含め、コンテンツを供給する側がどれだけ「はるか」に悩まされていたか、ご理解いただけたのではないだろうか? しかし、これが終結ではない。
「警察は今回の逮捕や7月の強制捜査以前から様々な観点で犯人特定を行ない、押収したパソコンの解析を進めていたようです。その中には、関連先のデータや『はるか』へのアクセス数、閲覧者のIPアドレスなどが記録されていたようで、アップロードした人間も含めた大量9人の逮捕につながったのでしょう。捜査が進めば、さらに逮捕される人間が出てくるかもしれません」(関係者)
今後、逮捕者の取り調べや、新たに押収したパソコン等の解析で、外部からは全くのブラックボックスだった「リーチサイト→サイバーロッカー」の仕組みや「はるか」の全貌、特にサイトに掲載されていた広告収益や運営者と投稿者の金の流れがくっきりと判明することを望みたい!