東京と横浜という、ふたつの大都市の間に位置する神奈川県川崎市。駅近郊には、ショッピング施設の「ラゾーナ川崎」やライブホールの「クラブチッタ」などのスポットもある。
しかし、駅から少し離れた所には風俗店や暴力団事務所が軒をなし、臨海部は犯罪発生率が高く、ドラッグや窃盗などに手を染め、アウトローな道に進む若者も少なくないという。
音楽ライターの磯部涼(いそべ・りょう)氏は、川崎の深層に迫るべく、地元出身のラップグループをはじめとする、川崎カルチャーの担い手に焦点を当てながら取材を重ねてきた。『ルポ 川崎』を上梓した磯部氏に聞いた。
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―元の連載を書くきっかけとなったのが、「川崎中1殺害事件」と「川崎市簡易宿泊所火災」というふたつの事件だったそうですが、なぜこのふたつに注目したのでしょうか。
磯部 ふたつの事件を調べたり、実際に聞き込みを重ねていくうちに、背景に人種差別や貧困などといった、現代の日本社会が抱える問題があることがわかってきて、川崎を描くことでそれらを浮き彫りにできるのではないか、と思ったんです。
例えば「川崎中1殺害事件」では、被害者を跪(ひざまず)かせて首に切りつけた残忍な殺害方法から、「イスラム国から影響を受けたのではないか」という推測が記者の間で起こり、“川崎国”という言葉が生まれました。そしてその言葉が、加害者の少年がフィリピン系のルーツを持っていたこととつながって悪い意味で盛り上がりを見せていた「ヘイトスピーチ」を扇動、川崎でヘイトデモが繰り返される一因になってしまったんです。
また、聞き込みをするなかで、不良少年たちが「あんな事件は川崎ではありふれてるよ。事件が起こった河川敷は、リンチをする定番の場所だし」と平然と言っていたことにも驚きましたね。その後に発生した日進町の簡易宿泊所火災では、死傷した高齢者の方々が、実は生活保護を受けながら簡易宿泊所に泊まらされていた、という社会的背景が露(あらわ)になりました。
―一方で、ヒップホップなどをはじめとするサブカルチャーの側面からも、川崎のリアルな様相を取材されています。」
磯部 本書にも登場する川崎出身のヒップホップクルー・BAD HOPのメンバーたちには、実は2014年の時点ですでに取材をしています。メンバーのT-Pablowは、当時「高校生ラップ選手権」という大会で優勝して注目されるようになったのですが、話を聞いてみると、彼はそもそも高校に通っておらず、中学卒業後にアウトローの道へ足を入れかけていたというんです。それが優勝によって、ラップという「もうひとつの道」が開けたと。
そういう彼らを生んだ環境にも惹(ひ)かれましたし、彼らがラップを始めた頃は、それまでため込んでいたかのようなフラストレーションが、歌詞やラップの仕方に如実に表れていたんです。なので、実際に彼らのラップが生まれた場所に行きながら、彼らの話を聞いてみたいという気持ちもありましたね。
―現地での取材を進めていくなかで、大変だったことは?
磯部 まず、そこに住む大人たちは、外部からの興味本位の視線を警戒していました。なので、「そうではないこと」をまずはわかってもらい、人間関係をつくらなくてはいけない。そこが大変だったというか、努力した部分ではありましたね。
逆に、不良少年たちは外部からの興味本位の視線を内面化し、アイデンティティにしている(=セルフオリエンタリズム)ところがあります。例えば「川崎ってヤバい場所らしいよ」と言ってくる人の視線を内面化し「そう、ヤバい場所なんだよ。だから俺らもヤバいんだよ」みたいな感じになっていく。なので、彼らに「エグい話をして」というと、むしろ喜々として話してくれるんです。
不良少年たちは外部からの興味本位の視線を内面化している
―本書にあった「スラムツーリズム(=貧困地区を興味本位で訪れること)」という言葉も印象的でした。
磯部 川崎の臨海部は、ネットの『東京DEEP案内』などに象徴されるスラムツーリズム的街歩きの対象にもされているのですが、彼らはボロボロの建物や不法投棄車両などを見て「おぉ! ここヤバいな」と写真を撮って帰ってしまうだけで、そこには人が出てこないんです。
でも、取材をするからには、そこにどんな人が住んでいるのか描きたいし、さらにその人たちと対話をすることで関係をつくらないと、より深い話は聞き出せません。なので、自分にもスラムツーリズム的興味があることを自覚しつつも、その一歩先を意識するようにしていました。
―市政による、治安改善の兆しを感じたことは?
磯部 川崎市に関しては、「革新市政」といわれる時代が長く、多文化共生など、差別対策は全国に先駆けてやっています。最近ではヘイトスピーチに関しても、日本の中では先駆けて規制をするなどしていますが、マイノリティの当事者たちからすると、「事後的な対策でしかないから根本的解決にはなっていない」とも言います。
実際、過去をふり返ってみると、まずはマイノリティの市民の側から、彼らが生きていくために運動が起こり、彼らが行政に働きかけ、行政も対策をするという流れで問題が改善されてきたのではないでしょうか。また、これまでも川崎では公害などの問題があり、その都度市民運動が起こってきた歴史があります。
―これからもまた、新たな地域やカルチャーの発信地で、取材を続けられるのでしょうか。
磯部 川崎については、今回の連載でかなり取材をしましたが、取材をすればするほど、さらに見えてくるものや、構築される人間関係があります。なので、「一冊できたから、はい次」というつもりはありません。vそして、音楽ライターである自分にとって、ラップミュージックはひとつの大きなテーマです。日本のラップにおいて川崎が重要な土地であることは間違いありません。
今回はルポという形で川崎を描いてみましたが、例えば行政の話、あるいはもっと長い歴史の話にフォーカスをして、ある種の「川崎論」のようなものが書けないかな、とも考えています。これからも、当たり前のように川崎には足を運び続けると思いますし、川崎との関係が本作をもって終わり、ということはないですね。
(撮影/村上庄吾)
●磯部 涼(いそべ・りょう) 1978年生まれ、千葉県出身。音楽ライター。主にマイナー音楽や、それらと社会との関わりについて執筆。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に』(Pヴァイン)、大和田俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版)。編著に『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)などがある
■『ルポ 川崎』(サイゾー 1600円+税) 『サイゾー』に連載され、各所から話題を呼んだ渾身のルポが念願の書籍化! 関東圏有数の工業都市にして、多文化地区としても知られる神奈川県川崎市。2015年にそこで連続して起こった凄惨な事件をきっかけに、音楽ライターである著者は、同市が抱える社会的問題を探るべく、ストリートを中心とした独自の観点から取材を始める。そこで明らかになってゆく、川崎の知られていない実態の数々とは