再開発の影響でカレーの街のシンボル、『キッチン南海』が閉店になるとの情報がツイッター上で拡散している 再開発の影響でカレーの街のシンボル、『キッチン南海』が閉店になるとの情報がツイッター上で拡散している

“カレーの聖地”神保町がザワついている。カレー通の人なら絶句し青ざめたかもしれない。2月6日午後8時頃、ツイッター上に突如、こんな情報が投稿されたのだ。

【悲報】神保町のキッチン南海が立ち退きに

『キッチン南海』といえば、カレーの名店がひしめく神保町にあって連日行列ができる超人気店。デミグラスソースのような黒っぽいルウが食欲をかきたてる『カツカレー』(750円)は店の名物であり、神保町の“ソウルフード”ともいえる定番メニューだ。

この投稿をたどると、『キッチン南海』が立ち退きになるという情報を流したのは神保町である店を営む男性と思われる。立ち退きの理由については『一帯がまとめて再開発されるから(近辺の事情通による)』とツイートしていた。

当然、【悲報】は瞬(またた)く間にツイッター上で拡散されることとなった。

「うそだー! 信じたくない」「悲しー(涙)」「カツカレー美味しかったのに!」「神保町に行く理由がなくなった…」

続々と寄せられたリツイートは1日で3千件近くにまでなり、閉店を惜しむ声が大半だった。

とはいえ、立ち退きを知らせるツイートには閉店案内の張り紙などの証拠画像はなく、ネット検索しても閉店に関する情報は他に1件もヒットしなかった。店からの公式発表もない。そんな不確かな【悲報】が信憑性のある情報として受け止められたのには、まずこんな伏線があった…。

実は、『キッチン南海』の北隣にあるおにぎり店と、真裏にある定食店が昨年12月末に相次いで閉店。中でも、昭和20年から神保町を見守り続けてきたというおにぎり店・店主が筆字で書いた閉店案内の張り紙の画像がネットで拡散。『神保町で骨をうずめたいと思っておりましたが、事情が許さず…』『涙で文字がにじんでしまい…わかってください』といった約500字に及ぶ文面は話題になり、多くのツイッターユーザーが『キッチン南海の隣のおにぎり屋が…』という書き出しでこの情報を伝えた。

かくして、神保町内の再開発の影響で老舗の店が続々と立ち退きに追い込まれ、「次はいよいよキッチン南海も…」と多くの人に受け止められたというわけだ。

何を隠そう、記者も月2で通う『キッチン南海』の常連のひとり。はたして、この情報は本当なのか? 事実だったとして閉店時期はいつになるのだろう。もしや、すでに…?

第一報が流された翌日(2月7日)の夜、店へと向かった。店前に着くと、明かりのある店内ではサラリーマン数名がカウンター席でカレーを食べていた。まだ営業していたことにホッとしつつも、「これで最後…」かもしれないカレーを頬張る客の背中がどこか寂しげに映った。

夜8時の閉店を外で待っていると、会社の同僚らしい中年男性とOLが立ち止まり、店を指さして言葉を交わした。「ココ閉店になるって」「ホントに?」「ツイッターに上がってた」「淋しいなぁ。あと何回食べられるんだろ」「明日、ランチに来よっか…」。

ツイッターの拡散力に驚くとともに、中年男性の声が頭の中でリピート再生された――「あと、何回食べられるんだろ」。1日2食をキッチン南海で、なんて日もあったが、安くてうまいあの“庶民派カレー”が食べられなくなると思うとやっぱり淋しくなる…。

キッチン南海の社長を直撃!

閉店時刻を過ぎて客が出払った頃、複雑な気持ちで店の扉を開けた。

店員「もう閉店なんですよー」

―客じゃないんです。週プレの取材で…。

店員「じゃあ、社長に聞いて。社長、社長~!」

店の奥に目をやると、レジ締めをしていた男性がこちらを凝視している。体は“くの字”に曲がり、かなりの老齢と思われる“好好爺”然としたその風貌。常連客にはおなじみのあの“お爺ちゃん店員”と思いきや、この方が社長だったのか…。

社長「なんでしょ?」

―ツイッターにこちらの店が立ち退きになるという情報が出ていますが…。

社長「ツイッター…何、それ?」

―インターネット上で、この店が閉店になるって情報が流されてまして…。本当ですか?

社長「デマですよ。閉店しないし、そんな予定もない」 店員「今日、何人かお客さんから同じことを聞かれましたよ…」 社長「なんでウチが閉店しなきゃなんないの?」

―なんでも、『再開発』の影響でと。

社長「あぁ、公的なもんじゃなく不動産屋のね。確かにそんな話は前から聞いてますよ。5年前、この区画のオーナーがその不動産屋に変わって、家賃を上げたの。前の大家は坪1万5千円で安くしてくれてたんだけど、『相場並みにする』って5割は上がったかな」

―それで周辺の店舗も立ち退かざるをえなくなったと。

社長「ウチは払えてるけど、家賃の値上げが辛かったらしい。不動産屋もこの辺りの土地を安く買ったんでしょうね。で、古い店に『出て行ってくれ』と条件を出して、立ち退かせれば高く売れるわけでしょ? 儲けは大変なモノ。よくある不動産商売ですよ」

―でも、『キッチン南海』さんは立ち退かないんですね?

社長「ウチは何億積まれてもやめるつもりはありません」

『キッチン南海』の立ち退きは丸っきりデマ! それが事の真相だった。

じゃあ、【悲報】の発信者はなぜ、そんな情報を流したのだろう。神保町で中古書店を営む“発信者の知人”の男性によると、「店から直接知れた情報じゃなく、『飲み屋で他人から聞いた話を投稿してしまった』と言っていました」とのこと。

この時代、デマや誤報はSNS利用者の間で事実として伝わり、大騒動を扇動しかねない。発信する人も受け取る人も、取り扱いには注意すべし!

(取材・文/興山英雄)