「お酒とたばこはストレスを和らげるもの。家康は『忍冬酒』を愛飲していましたし、第9代将軍の家重からたばこを吸うようになりました」と語る徳川宗英氏

明治維新から150年目の今年、NHK大河ドラマ『西郷どん』など、幕末・維新の偉勲たちにスポットが当たっている。

しかし、やはり歴史好きに人気があるのは江戸時代だろう。265年も平和な時代が続いたのは、ひとえに徳川家の歴代将軍たちの力によるところが大きい。

『徳川家に伝わる徳川四百年の裏養生訓』の著者は、御三卿(ごさんきょう)の田安(たやす)徳川家の第11代当主である德川宗英(とくがわ・むねふさ)氏。90歳近くになっても超健康に暮らす宗英氏が現代でも役立つ歴代将軍たちの養生訓を語る!

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―直系のご先祖が徳川吉宗。吉宗が主人公の『暴れん坊将軍』(テレビ朝日)が放送されてますが、ご覧になってますか?

德川 テレビをつけてやっていれば、見ることもありますが、特に熱心に見るわけではないですね。「誇らしい気持ちになるのでは?」と言われることもありますが、全然。そんなことはありません。

―歴代将軍や名君といわれた松平定信、松平春嶽(しゅんがく)……。歴史上の人物たちがご先祖さま。ボクらとは違った、思いを抱くのかと思いました。

德川 「ああ、そうなのか」というだけで、正直、特別な思いはありません。ただ、家康だけは特別です。桁外れの人物ですし、本書のテーマの健康法についてもきちんとした考え方を持っていた。数え年で75歳、満73歳まで生きましたから、当時としては長生きです。しかも、亡くなる前年の大阪夏の陣でも陣頭指揮をしていますから、今でいう健康寿命を保っていた。德川幕府を盤石なものとしてから、大往生したわけですからね。

―家康の健康三ヵ条は、粗食、身体の鍛錬、医薬への豊富な知識だったと本書にあります。実践されていらっしゃいますか?

德川 宴席などは別にして、私も普段は粗食です。また、家康は麦飯を食べていたんですが、これはよく噛んで食事をしていたということです。すると、唾液の分泌がよくなる。消化を助けますし、脳の働きも活性化されるといいます。私はあまり歯磨きをしないのですが、この年齢でも歯はまったく大丈夫。これも、よく噛んでいるおかげだと思っています。身体の鍛錬としては、大したことはないんですが、まず、散歩などでなるべく歩くようにしています。共通点というと大げさですが、家康は鷹狩りで馬を駆っていましたが、私は自動車の運転が趣味なんです(笑)。

―ご自身で運転されるんですね。

德川 まだまだ、現役ですよ。おととしまで、“ゴールド免許”だったんです。今も北軽井沢の別荘まで、自動車で通っています。道が空いている早朝に出発し、一気に運転すれば、3時間で着きますからね。―健康寿命を保っていますね。

德川 ただ、もう無理は利きません。おととし、9時間ぶっ通しで別荘の芝刈りをしたんですが、背中を痛めて、まだ痛みが残っています。そのせいかわかりませんが、身長は170cmあったのに、11cmほど縮んでしまいました。―徳川一門で最長寿は家康の6男、松平忠輝の92歳。最長寿記録を更新されようとしていますが、ほかに何か心がけていらっしゃることはありますか?

德川 まず、好き嫌いなく、食事を取ること。それに、朝食を食べたらすぐに排便することくらいですね。私は便秘をしたことがなくて、それも健康につながっていると思います。また、私は精神が不安定になると、腹痛が起こる。西郷隆盛も同じだったようですが、ストレスで胃が働かず、消化がうまくいかなくなるんでしょう。

徳川と德川、どちらが正しい?

―ストレスはがんの発症リスクになるといわれます。

德川 第2代将軍の秀忠は消化器系のがんで53歳で亡くなっています。父・家康が偉大すぎたため、大きなストレスを強いられていたからかもしれませんね。ストレスを和らげるものといえば、お酒であり、たばこ。健康オタクの家康は「忍冬酒(にんどうしゅ)」を愛飲していました。

たばこは「火事の原因となり、風気を乱す」と禁煙令を出していて、江戸城は禁煙。吉宗が農作物の商品化としてたばこの栽培を奨励するようになり、第9代将軍の家重からたばこを吸うようになりました。私はたばこを吸いませんが、お酒はたしなみます。共に程をすごさないようにすれば、ストレス発散になり、「百薬の長」になります。

―本書のタイトルは『徳川家に伝わる…』ですが、著者名は「德川宗英」。「德」の「四」と「心」の間に「一」が入っています。徳川と德川、どちらが正しいんでしょうか?

德川 こだわっているわけでもないんですが……。私が生まれた当時、徳川は「德川」だったんです。これは私の家だけでなく、徳川八家と呼ばれる、徳川宗家、徳川慶喜家、御三家(尾張・紀州・水戸)、三卿(田安・一橋・清水)も同じです。しかし、戦後、教科書や歴史書で、新字体の「徳」で統一されてしまった。

なので、私自身、「徳川」でもいいとも思っているんです。でも、戸籍はあくまでも「德川」。ですから、役所では「徳川」では通らず、「德川」にしないといけません。また、最近、郵便局から戸籍どおりに「德川」に改めてくださいという連絡もありました(笑)。

―徳川家康は本来、「德川家康」だったとは知りませんでした。ところで、今も徳川八家で交流はあるんでしょうか?

德川 徳川家と親藩松平家の一族が集まる「葵交会」があって、年に1回、霞会館で親睦を深めています。また、家康の没後400年だった2015年には「家康公四百年祭」が日光東照宮と久能山東照宮で行なわれ、徳川八家が集まりました。

―現在の徳川宗家第18代当主は徳川恒孝氏。会津松平家から養子入りして家督を継ぎました。田安家で弟の宗紀氏は越前松平家(旧福井藩主家)へ養子に入り、第20代当主になられました。このようなことは、現在もあるんでしょうか?

德川 江戸時代から、徳川・松平一族から養子をもらって、家督を相続させるシステムは続いています。昔と違って子供は少ない。そうしないと、断絶してしまいますからね。もうそろそろ、やめてもいいという気もしていますけれどね。ただ、先ほどご先祖さまに特別な思いはないと言いましたが、徳川家が考えてきたことは今後も伝えていきたいと考えています。本書も、今を生きる人たちにとって、健康を見つめ直すきっかけになればと思って書きました。(取材・文/羽柴重文)

●德川宗英(とくがわ・むねふさ)1929年、英国ロンドン生まれ。作家、田安徳川家第11代当主。学習院中等科、海軍兵学校を経て、慶應義塾大学工学部卒業。石川島重工業に入社、IHIエンジニアリングオーストラリア社長、石川島播磨重工業関西支社長、石川島タンク建設副社長などを歴任。現在、全国東照宮連合会顧問、霞会館(旧華族会館)評議員ほかを務める。弟の松平宗紀氏は越前松平家(旧福井藩主家)第20代当主。『徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話』『徳川家が見た幕末維新』『最後の幕閣』ほか、著書多数

■『徳川家に伝わる徳川四百年の裏養生訓』 (小学館 1700円+税)江戸時代の平均寿命は30~40歳とされるが、徳川家康は数え年で享年75、満年齢で73歳と長寿をまっとうした。また、最後の将軍、徳川慶喜も亡くなったのは満73歳と長寿。そこにはどんな秘密があったのか? これまであまり知られていなかった、徳川家に伝わるさまざまな養生訓、歴代将軍たちの健康にまつわるエピソード、健康秘話を田安徳川家当主が明かす。『本の窓』の好評連載エッセイ「長生き将軍 短命将軍」、待望の書籍化!