「学生時代の勉強が大人になってどう役立つのか?」というのは誰もが一度は抱く疑問だ。特に日本史や世界史は「暗記」のイメージが強く、無味乾燥な教科書に苦しんだ人も多いだろう。
そんな日本の歴史教育に一石を投じるのが、人気予備校教師である茂木誠氏の新著『世界史とつなげて学べ 超日本史 日本人を覚醒させる教科書が教えない歴史』だ。世界の動きを通じて日本の歴史を見ることで、浮かび上がってくるものとは?
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―茂木先生といえば世界史の人気講師ですが、大学生時代の専攻は日本史なんですよね。
茂木 もともと日本史の先生になりたかったんです。でも、就活のときに教えられる学校が見つからず、やっと採用された地元の私立高校では「うちは日本史の教師は余ってる。世界史がいなくて困ってるんだよ」と言われて。当時は必修が日本史から世界史に替わって、教えられる人間が不足していた頃でした。
―それまで世界史の勉強は?
茂木 ゼロですね。僕は高校入試に失敗した結果、入ったのがとんでもない底辺校でそもそも世界史の授業がなかったんです。そこは部活の盛んな学校なのですが、僕が入ったクラスは甲子園を目指す高校球児ばかりで、みんな部活に備えて授業中は基本的に寝ていました。
当然先生もやる気がなくて、趣味に走ってひたすら縄文時代をやっていましたね。2ヵ月も3ヵ月も縄文時代が続いて、結局2年間やって室町時代の応仁の乱で時間切れ。信長も秀吉も出てこなかったという(笑)。
―日本史ってそっからが面白いのに(笑)。
茂木 結局、浪人生になって予備校で初めてしっかりと日本史の授業を受けたら衝撃を受けたんです。レベルが高いし、先生が生き生きしていてとにかく生徒を引きつけるんですよ。それで大学でも日本史を選んだんです。だから、もしまぐれで大学に現役合格していたら、今こうやって歴史を仕事にしてなかったでしょうね。
―でもそういう一風変わった経歴だからこそ、「世界史とつなげて日本史を学ぶ」というコンセプトの本ができたと。
茂木 もともと日本の教科書ってすごく縦割りで、世界史と日本史が分かれているだけでなく、各時代のつながりもわかりにくいんです。それは大学での研究が細分化された結果、「この時代しかわからない」という “専門バカ”な学者が多くなってしまったから。そういう人が寄せ集められて教科書は作られるので、単なる事実の羅列になってしまう。歴史を学ぶことで今の僕らにどういう意味やメリットがあるのかが、まったく伝わってこないんです。
―事実の羅列ではない、各時代のつながりとは?
茂木 例えば室町幕府の勘合貿易の話をするならば、鎌倉時代の前の平家までさかのぼる必要があります。平清盛はあちこちの海賊のボスたちを配下にしながら瀬戸内海から九州まで海上ルートを開いていき、やがて中国との貿易を始めた。いわゆる日宋貿易で、平家がとても商業的な政権だったことがわかります。
しかし、彼らを倒した鎌倉武士たちは「一所懸命」という言葉のとおり、その土地に根づく農民的な資質を持ち、商業とか海上ルートといった概念がわからなかった。でも莫大(ばくだい)な利益を生む中国との貿易は今さらやめられず、鎌倉幕府は中国から入ってくる宋銭が止められなくなって崩壊していきます。
世界史が必修になってきたことも問題
―なるほど。そういった流れがあったんですね。
茂木 その後を受け継いだのが室町幕府で、彼らは再び商業ネットワークを基盤にしようとしました。その結果、3代目の足利義満は中国に頭を下げ、事実上、明の臣下となったんです。国家としての独立よりも利益を選んだわけですが、これって現代の日中関係にそっくりですよね。
日本は政治と経済を分けて考えるけど、向こうは必ず絡めてきて、「尖閣問題で引け」と言ってくるじゃないですか。そうなると経済界の人たちは「儲かるからいいじゃないですか」と頭を下げるほうを選ぶわけです。それと同じことを室町幕府に対してやっていたのが義満と明の皇帝の取り次ぎをしていた博多の商人たちなんです。
―「歴史=暗記」ってイメージだったのが、一気に身近に感じられますね。
茂木 でも先にも述べたとおり、日本の教科書が縦割りなあまり、そういった裏側の話はほとんど教えられてこなかったんです。もうひとつ例を挙げると、戦国時代、イエズス会の謀略でキリシタン大名になった大友宗麟(そうりん)や有馬晴信はキリスト教に改宗しない領民を奴隷化、ポルトガル人によってインドや東南アジア、アメリカまで売られています。
―日本は実は常に外国からの脅威にさらされてきたんですね。
茂木 あとは世界史が必修になってきたことも問題でしたね。1989年に「これからはグローバル化の時代だ」と世界史必修に舵(かじ)を切ったのはいいものの、肝心の日本の歴史がわからない学生が増えてしまったんです。
結果、外国人と仲良くなって「鎖国ってあれなんなの?」と聞かれても「日本人がバカだった」としか答えられない。一生懸命に英語を勉強しても、日本について何も語れない自称・国際人が増えたんです。
―暗記教育の弊害ですね。
茂木 文部科学省もだんだん気がついてきて、2022年から日本史と世界史を融合した近現代だけを教える「総合歴史」という授業が始まり、その中では学生同士の議論が行なわれるようです。ただこれも知識がないとできないので、いろんな見方があることを前もって教えて、それぞれの意見を聞くことが大事。もちろんすべて議論すると時間がかかりすぎるので、テーマを絞る必要はあるでしょう。
―肝心の教科書は少しはマシになるんですか?
茂木 僕の予想では今までどおり各専門家が集められただけの、中身はバラバラな本ができるんじゃないかと。昨年末、教科書に載っている用語数を大幅に削減する「高校歴史用語精選案」が話題になりましたが、歴史観が欠けているので、単語の数が減っただけで無味乾燥なところは変わってない。結局、まとめて書く人が必要なんです。
―どんな人でしょう?
茂木 それがね、予備校教師なんです。なぜなら僕たちは大学の先生と違って全部勉強していますから。オファーがあれば、ぜひ僕も書いてみたいですね。
(取材・文/テクモトテク)
●茂木誠(もぎ・まこと) 東京都出身。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で大学入試世界史を担当。東大・一橋大など国公立系の講座を主に担当。iPadを駆使した独自の視覚的授業が好評を得ている。世界史の受験参考書のほかに、一般向けの著書として、『経済は世界史から学べ!』(ダイヤモンド社)、『世界史を動かした思想家たちの格闘』(大和書房)、『ニュースの“なぜ?”は世界史に学べ』シリーズ(SB新書)、『学校では教えてくれない地政学の授業』(PHP研究所)ほか多数。ブログ『もぎせかブログ館』で時事問題について発信中
■『世界史とつなげて学べ 超日本史 日本人を覚醒させる教科書が教えない歴史』 (KADOKAWA 1600円+税) 日本は世界の一部なのに、「日本史」の教科書ではかたくなに日本のことしか教えようとしない。そして「世界史」の授業では日本について触れない。しかし、聖徳太子や足利義満、織田信長、豊臣秀吉、さらには鎖国していた時代ですら、日本は常に世界との関係性のなかで存在してきたのだ。「世界史」とつなげて「日本史」を見ることで浮かび上がる日本人の成り立ちや強み、存在意義とは? グローバル時代に知るべき新しい大人の教養本