前編記事「“したがる”オスと“嫌がる”メスの深すぎる暗闘」では、男と女でセックスにかかるコストの差が大きく、交尾にこぎつけるのがオスにとっていかに困難かを見てきた。しかし、セックスに成功してもオスの試練は続く。多くのメスは交尾後、劣ったオスの精子を排除するというのである。
モテるオスの条件を著書『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)の中で紹介している昆虫学者の宮竹貴久教授(岡山大学大学院環境生命科学研究科)は言う。
「ヒメフンバエという虫のメスは3つの受精嚢(のう)(受け取った精子を溜めておく袋)を持ち、交尾したオスの体が小さければそれぞれ均等に、大きいと右側の袋に精子を溜めます。そして自分の卵が用意できた時、右側の袋から優先的に精子を取り出すのです」
他にも、こうした例は群れの弱者であるオスと交尾するとその精子をポイ捨てするニワトリ、新しいオスの臭いをかぐと流産するネズミやヒヒなどが知られている。
そして実は人間の女性にも、自分の好ましい男の精子だけを取り込む技術があるという説がある。オーガズムだ。
「1993年にイギリスのロビン・ベーカー博士らが公表した論文が、オーガズムに達しないセックスでは、女性は精子を体液と一緒に排出するが、達した場合は精子の排出が著しく少なくなることを明らかにしました。こうして女性は特定の男性の精子を選択している可能性があると博士らは述べています」(宮竹先生)
なんと、絶頂に達させてくれた男の子どもを女性は優先的に産むというのである。少子高齢化が叫ばれる昨今、男は女性と付き合うだけでなく、セックス上手になる必要まであるということか…。
だが、こうしてメスが企めば、オスもそれを出し抜こうと戦略を磨く――それも進化のひとつの形である。ヒトのオスの場合はなんと、前の男の精子を掻き出す作戦に出た。それがおなじみ、ペニスのあの「カリ」である。
アメリカのギャラップ博士らはペニスとヴァギナの模型とコーンスターチでつくった疑似精液を用意し、どんな形状のペニスがヴァギナの中の精子を掻き出すか実験した。それによると、返し(カリ)のないタイプは疑似精液の3割ほどしか掻き出さないのに対し、実際のヒトのペニスそっくりの返しをつけたタイプでは9割程度の精液を掻き出した。
また挿入する深さを25%、50%、75%、100%と4段階に設定して実験したところ、深くペニスを挿入してピストン運動をするほうが既存の精液をより排出させたことも博士らは証明している。
ここに帰結する人間のルールとは…
さらに、大学生らに覆面アンケートを行なったところ、男子学生からは「パートナーに浮気の疑いがある時のセックスでは、より深く挿入し、より早くピストン運動を行なうことが多い」という回答を、女子学生からは「男の人は確かにそのような行動をする」との証言を得たという。
ちなみに、同じ調査では女子学生の13.4%が「24時間以内に2人以上の男性とセックスしたことがある」と答えている。それが女性側の実態なのだとしたら、やはり男性のペニスによる「深く、早いピストン運動」は、前の男の影響力を排除するために有効なのだ。
しかしそう知ってしまうと、AVなどで見る激しいセックスも「オスとメスがとにかく自分のDNAを残すために行なう激しい駆け引き」に思えてしまう。そこに愛はないのか?という問いに前出の宮竹先生が答える。
「昆虫など動物と人間を分ける大きな要素は『モラルの有無』です。生物は事実、DNAを残すためのゲームを繰り返して進化したのですから、無慈悲で当たり前。
他のオスと交尾させないよう精子に毒を混ぜる種や、オスとの交尾を避けるためにメスが飛翔を止めて地面に激突し死んだふりをする種など『ヒトから見たらひどすぎる男女のありよう』を数え始めたらキリがありません。
でもヒトには理性があり、徹底的な対立を避けるためのモラルを作って、本能を抑えてきました。『相手を思いやる行動』をとれば、結果的に自分のDNAに有利になる社会を作ってきたのが人間なんです」
モテのルールは昆虫からも学べるけれど、愛を育むならやっぱり「相手のことを考える」――どうしても、人間のルールはここに帰結する模様。
「僕らはカゲロウに比べたらよほど自由に出会えるし、セックスできる」…そう思って楽天的に生きればいいのかも? 父と母、その祖先が何代も何代もセックスと受精に成功して生まれた進化の勝者が今、ここに在る私たちなのだから。
(取材・構成/安倍 晶)
■『したがるオスと嫌がるメスの生物学 昆虫学者が明かす「愛」の限界』(集英社新書 760円+税)