カースタント、カーアクションの第一人者・高橋勝大さん(タカハシレーシングのオフィス兼自宅にて撮影)

車で出かけるにはいい季節になってきた。筆者もドライブが好きでよく遠出をする。もちろん安全運転には気を付けているつもりだが、走行中にふと思うことがある…「対向車が中央ラインをはみ出してきたら…」「後ろの車が追突してきたらどうすれば…?」と。

最近は高齢者による不慮の事故も多発し、危険運転や煽(あお)り運転などでの痛ましい事件も後を絶たない…。そんな時にアクシデントを回避したり、身体や車体のダメージを軽減する運転テクニックというものはあるのだろうか…。

5月某日、そんな疑問を持って訪れたのは、1965年創業のカースタント界の老舗、有限会社タカハシレーシング(神奈川・川崎市)だ。社長の高橋勝大(まさお)さんはカースタント歴50年以上。TV番組や映画やCMの他、免許更新時の講習で流れる事故映像の撮影や、小中学校の運動場で行なう交通安全教室などで幾度も事故現場を再現してきた。

片輪走行やドリフト、ロールオーバー(横転)やクラッシュ…。これまで数々の特殊運転を手掛けてきた高橋さんが「60本目以降は覚えてないな」と笑って言うのは、カースタントの現場で折れた骨の数のこと。それでも70歳を目前にしていまだに危険なハンドルを握り続けるこの人なら、生死を分ける(?)事故回避テクを知っているはず…というわけで、極意を聞いてみた!

―早速ですが、今日こちらに来る道中、事故車両を目撃しました。たぶん追突だと思うのですが、事故を起こされた立場から「あ、追突される!」と思った時にドライバーが対応できることってあるものでしょうか?

高橋 おたくみたいな主旨で取材にやってくる人は多いんだけど、事故を防止するには極論、運転しないことですよ。

―仰る通りで…。

高橋 スタントマンも安全運転が基本なんです。仕事以外で運転する時は次の次の次の信号まで見てるし、3、4台先の車の動きにも気を付けている。道路上のあらゆる危険に対する対処や備えを心掛けることが無事故運転の前提でしょう。でも、今の日本は変な風に平和な国になっちゃった。全般的に危機管理に対する意識がすごく薄いですよ。

―そうですか? まぁ、車の安全性能もかなり向上していますから…。

高橋 そういう話じゃなくて、例えば、ウチは警察などが主催する交通安全教室を40年前からやってきました。中学や高校の生徒に車と自転車の正面衝突や左折時の巻き込み事故を再現してみせて、事故の怖さを知ってもらうのもスタントマンの大切な仕事です。

でもね、10年ほど前から子どもたちの反応が明らかに変わった。車をドンってぶつけてみせたら、それまでは『わっ! 怖いっ!』ってみんな真剣に見ていたもんだけど、ある日を境に『すげぇ!』『映画みたい!』って携帯カメラでパシャパシャ撮るの。それが何校か続いたら、一気に熱が冷めちゃって。交通安全教室の仕事は一切受けなくなりました。

―スタントマンの方もその特殊な技能を使って安全運転意識の底上げに貢献されていたんですね。でも、そのプライドが傷つけられたと…?

高橋 まぁ、そんなところでしょうか。でも、公の仕事という面では警察関係の運転技術講習は20年以上前から継続してやらせてもらっていますよ。

―数々の仕事の中で身につけられた特殊運転の極意みたいなものはある?

高橋 そうですね…仕事の現場で車対車の正面衝突をよくやるんですが、例えば時速30kmの車と時速25kmの車がぶつかれば、5km/hの差でもスピードが遅い車のほうが衝撃が大きくなるんです。衝撃係数とか摩擦係数とか、物理学者が計算すれば明確な答えが出ると思いますが、私たちはこれを“体感的”に身につけました。

―とすると、ある幹線道路を走行中、対向車が中央車線をはみ出してきて、正面衝突が「避けられない!」と思ったら、ブレーキではなくアクセルを踏んだほうがいいとか…?

高橋 それはやめたほうがいい。これはあくまで、事故を再現するための準備をすべて整えた仕事の現場での話ですし、それに我々が長年培った運転技術の上に成り立つ話です。

無理にハンドルを動かさない

―では、質問の切り口を変えまして、1年前に私は追突事故を起こされました。幹線道路で信号待ちをしていた際、バックミラー越しに徐行で接近してくる車が見えて、次の瞬間にドン!って。こちらは為す術もなく、軽いムチ打ち症になりましたが、同じ境遇にいたらどう対処していましたか?

高橋 前提として私は走行中“前方3:後方7”の意識で運転しています。だからしょっちゅうバックミラーやフェンダーミラーを確認している。すると、ミラー越しに見える後方車両の車種や走り方、ドライバーの姿から脇見や居眠りをしていないか、先を急いでいるのか、こちらを煽(あお)っているのか…といった危険を察知することができるでしょう?

―私の車に追突した車の運転者は居眠りをしていたそうですが、それは事故後にわかった話で、運転中はそこまで把握できていませんでした。

高橋 後方確認を徹底できていれば、追突事故の“前兆”を事前に察知できていたかもしれませんね。

―その時は前方も左右も車が詰まって逃げ場がない状況でしたが、追突の危険を察知した後、高橋さんならどうしていましたか?

高橋 相手のスピードにもよりますが、5mほどの車間距離があればブレーキのポンピングによって赤いライトを点滅させます。赤は人間の脳が一番反応しやすい色ですからね。それでも気づいてもらえず、いよいよぶつかるという段階になれば、両肘を少し締め、首を横にし、体全体をフリーにする。

フリーというのは身体の可動域を広く持たせるリラックス状態のことを指しますが、この体制を作ればダメージを和(やわ)らげることができる、というのも長年の経験から体感的に学んだことです。反面、一般の方は衝撃に身構え力んでしまうものですが、筋肉は強張れば強張るほど損傷が大きくなるので、事故後のムチ打ちや腰痛の症状がより重たくなってしまうんです。

―では雨天時の山道のカーブでタイヤがスリップしたら…?

高橋 例えば、左カーブでスリップすると、テール(後部)が右側に滑り、車体は左方向に回転を始めますね。この時点で一般の方なら気が動転してハンドル操作が覚束なくなるでしょうが、車体が滑っても運転者は道路が伸びる正面の方向に視線をキープしようとするんです。それと同時に、左回りに滑り出した車体を真っ直ぐに保とうと、ハンドルを右に切るんですね。

難しいハンドル操作と思うかもしれませんが、実はこれはスリップに晒(さら)された人間が反射的にとる行動でもあります。だからスリップした場合の対処法としては、焦らず“無理にハンドルを動かさない”が正解なんです。

―山道でのスリップ時に『焦るな』というのも酷な話でしょうが、一般ドライバーにもそうした“防衛本能”が備わっているということですね。

高橋 ただ、FR車(後輪駆動)の場合はカーブでアクセルをオフにするとエンジンブレーキがかかり、タイヤにプレッシャーが加わって滑りやすくなります。なので、山道のカーブ等では軽くアクセルを踏む、パーシャル状態程度(アクセルを踏まず、緩めず)に徐行するとスリップを防ぐことにも繋がります。

事故を減らしていくために実践していること

―近年は高速道路での逆走も増えています。走行中、数百メートル先に逆走車を発見したら…なんてことも想像することがあるんですが、この場合は…?

高橋 すぐに路肩などの安全地帯に避難してください、としか言いようがありませんね(苦笑)。あるいは、クラクションやパッシングなど、あらゆる手を使って相手の視覚と聴覚に訴え、こちらの存在を気付かせることでしょうか。

ただ、前方からこちらに向かってくる車が、例えば左側へ避(よ)けたとしましょう。すると、不思議なことにこちらもその動きに釣られて同じ方向にハンドルを切ってしまうんです。これも私の経験則ですが、人間の反射神経というのはそういう風にできている。この局面で冷静さを保って的確なハンドル操作を行なうというのは、スタントマンやレーサーでも簡単なことではありませんよ。

―ところで、『落石注意』の道路標識についてはどう思われますか?

高橋 落石なんてかわせませんよ。あの標識はいざ落石事故が起きた時に『ここに標識があるでしょ』と行政が責任逃れするためのものにしか思えない…お役所仕事の典型だね。

―やっぱり?(苦笑) では最後に、この危険だらけの車社会で、それでも事故を回避するために必要なことはなんだと思いますか?

高橋 いくら車の性能が上がっても、またドライバーの運転技術が向上しても交通事故はなくならないと思っています。事故を減らしていくために私が実践していることは、対向車や後続車に道を譲ってもらった時に相手のドライバーにわかるように手を上げ、ニコッと笑って会釈をし、譲ってもらった後はハザードを3回点滅させる。少しオーバーなんじゃ?と思われるくらいに、感謝の気持ちを示すようにしているんです。

そうすると、相手のドライバーは気持ちがいいでしょう? 次に同じ状況になっても『入れてやらない』なんてギスギスせずに道を譲るでしょうし、逆にその人が誰かに道を譲ってもらう立場になれば、私ほどオーバーではないにしても手を上げるくらいはやってくれると思うんです。

そういう“思いやりと優しさの連鎖”を広げていくことが事故撲滅には欠かせないことなんじゃないかと。私なりに、この小さな運動を始めて30年以上。その成果というとおこがましいですが、少しずつ、譲り合いの気持ちを持ったドライバーが増えてきたように感じています。